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伊藤さんとの話を終えた、その帰り道。水都の家の前で、スマホの画面を開く。
【ん】さんが、つぶやきを更新していた。
【ん@supenosaurusu・2時間前
ずっと話したいと思っていた人と話せた。勇気を出して良かった】
鼻の奥がツンとする。
「わたしも、ずっと水都と話したいと思っていた。同じ気持ちだったんだね。勇気を出してくれて、ありがとう」
コメントを入れる。
【ん@supenosaurusu・2時間前
ずっと話したいと思っていた人と話せた。勇気を出して良かった】
↓
【ゆり@yurarinko・10秒前
良かったね。その人も同じ気持ちだったんじゃないかな】
水都の家の二階を見上げる。明かりのついている角部屋。黄緑色のカーテンの奥に、水都がいるのかもしれない。
黄緑色のカーテンを見つめていても、彼に気持ちは届かない。だったらわたしも、あふれる想いを文字で綴ろう。
【ゆり@yurarinko・10秒前
無理だって諦めていた。こんな自分、彼には似合わないって。でも限界。好きだと気づいてしまった。可愛くなりたい】
明日、水都と話すことを伊藤さんに教えたら、色付きのリップを買ってくれた。
遠慮するわたしに伊藤さんは、「プルプル唇は女の子の必須だよ」とウインクをした。
普通の人にとっては、たかが色付きリップ。浮かれるようなことじゃないかもしれない。けれどわたしにとっては、初めて手に入れた可愛くなるためのアイテム。心がそわそわしてしまう。
家に帰って、ぬるくなったお風呂に入る。沸かしたいがお金がもったいないので、そのまま湯船に浸かる。
「こういうとき、たくさんお金があったらいいなって思っちゃうなー」
冷える前に湯船から出て、急いでパジャマを着る。
カゴに入れておいたスマホが光っているので、見ると、【ん】さんからコメントが来ていた。
【ゆり@yurarinko・1時間前
無理だって諦めていた。こんな自分、彼には似合わないって。でも限界。好きだと気づいてしまった。可愛くなりたい】
↓
【ん@supenosaurusu・30分前
ゆりさんの好きな人ってどういう人ですか? 差し支えのない範囲で教えてもらえたら幸いです】
わたしは、【ん】さんが水都であることを知っている。でも水都は、【ゆり】がわたしであることを知らない。
だったら、バレない程度の大胆な返事をしてもいいよね。
【ゆり@yurarinko・1時間前
無理だって諦めていた。こんな自分、彼には似合わないって。でも限界。好きだと気づいてしまった。可愛くなりたい】
↓
【ん@supenosaurusu・30分前
ゆりさんの好きな人ってどういう人ですか? 差し支えのない範囲で教えてもらえたら幸いです】
↓
【ゆり@yurarinko・1分前
とっても素敵な人です。いつかデートできたらいいなって夢見ちゃいます】
歯を磨いていると、【ん】さんから返信が届いた。
【ゆり@yurarinko・30分前
とっても素敵な人です。いつかデートできたらいいなって夢見ちゃいます】
↓
【ん@supenosaurusu・1分前
無理なんじゃないでしょうか】
「えっ⁉︎ む、むりっ⁉︎」
歯磨き粉の泡が勢いよく飛んで、洗面所の鏡についた。
水都は優しい。わたしの発言をいつだって全肯定してくれた。その水都から否定するコメントが届くとは思わなかった。水都らしくない残酷な発言に、泣きそうになる。
わたしみたいな取り柄のない女子が、水都の彼女にふさわしくないことぐらいわかっている。でも、夢見たっていいじゃない。それすらもダメだっていうの?
ふらふらとした足取りで洗面室から出ると、起きていた父が「おや?」と目を見開いた。
「顔色が悪いぞ。具合が悪いのか?」
「あ、ううん。大丈夫。なんでもない」
父を心配させないために笑って見せたけれど、全然大丈夫なんかじゃない。水都と話せて嬉しかった分、ダメージが大きい。
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