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「ねえねえ、今度の係長、素敵ねぇ」
新しく係長になったのは前原というまだ若い男性だった。背は高く切れ長の目をしている。一見厳しそうな表情をしているが、とにかく声が優しかった。部下の社員に対しても敬語を使う。仕事も早い。部下に丸投げなんてしない。「相談」という形で意見を聞き、良い意見だときちんとお礼を言う。前原の甘い声で「ありがとう、助かりました」と囁かれると、みんな頬を染め少女の顔になる。
「花ちゃん、今度の係長、すっごくいい人なの! ずっと一緒に働きたいな。ううん、あんな人とお付き合いできたら……」
そう思ったのは梨香だけではなかった。
「係長、コーヒーどうぞ」
「備品の発注しておきました」
「私パソコン得意なので何でも言ってください」
みんなが前原に気に入られようと張り切って仕事をした。
「花ちゃん、青木さんはクッキーまで焼いてきて気を引こうとするのよ。伊沢さんは毎日お花を持って来て係長の机に飾るの。上田さんは最近化粧濃くなってきたし美容院にも頻繁に行ってる。みんなあからさまよね。みっともないと思わない? 仕事の邪魔だわ」
梨香は毎晩花ちゃんに職場の愚痴を話し続けた。するとしばらくすると青木さんが退職する事になった。父親が倒れて家で介護をしなければならなくなったそうだ。
次は伊沢さん。体調を崩して退職するそうだ。パートなので休職というわけにはいかなかったようだ。そして上田さん、何の連絡もなく無断欠勤を続けている。電話をしても連絡がつかず、行方不明だ。
「花ちゃんが消してくれたの? ありがとう」
職場に残っているのは年配のパートさんと水野だけだ。水野は結婚しているし、仕事熱心なので係長にうつつを抜かすわけはない。そう安心していた梨香だったが、新たなライバルが現れた。
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