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「ここ? 」
「うん 」
朽ちかけの古い社に、「何だか、怖い 」とユカが言った。ざわざわと木々が騒めいている。
「……本当にここで飼ってるの? 」
「ここなら、誰にも内緒にできるでしょ? 」
いつもの様に段を上り、扉を少しだけ開ける。エリが来た事が分かって、クロが「キュウン 」と愛らしく鳴いた。
「ワンちゃんっ?! 」
鳴き声を聞いたユカが、バカ犬を抱いて段を上がってくる。
「ワンちゃんなの? 」
聞かれて、エリは曖昧に頷く。クロはクロで、何かなんて分からないから。
「良かったね、シルヴィ。お友達ができるよ 」
はしゃぎながら、ユカが扉に近付く。それに反して、バカ犬はグルルと社の中に向かって威嚇し始めた。
「ユカ、シルヴィを下に置いて 」
「え? 何で?」
「いいから、早く 」
けれど、バカ犬は威嚇したまま、ユカにしがみ付いて離れない。
「シルヴィ、どうしちゃったの? ほら 」
「ユカっ! 早くっ!! 」
ユカが扉の隙間の前で、エリに困った様に微笑った。
「エリぃ、駄目みたい。このコ、降りたくないって……っ?!! 」
それは一瞬の事だった。大きな黒い手が、社の中の暗闇にユカごとバカ犬を攫う。
「きゃ、何っ?! や、……グボッ、ガハッ 」
グシャッ、バキ、ボキッ、ズシャッ………。
ユカの声と、聞き慣れたクロの餌を食べる音。エリは思わず両手で耳を塞いだ。
メキメキッ、ビシャ……ッ。
聞きたくないのに聞こえる凄惨な音に、涙がボロボロと零れる。
「アタシのせいじゃない、アタシのせいじゃ 」
ユカは嫌いだけど、こんな風になって欲しかった訳じゃない。クロに食べさせようとしたのはバカ犬で、ユカを食べさせようなんてこれっぽっちも思ってはいなかった。
ガタガタと震えながら縮こまり、只々時間が過ぎるのを待っていると、そのうちに音が聞こえなくなった。代わりに中からエリを呼ぶ声がする。
「エリ…… 」
え? ユカ?
「ユカなの? 」
「エリ、エリぃ 」
間違いない、ユカの声だ。もしかして、クロはユカを食べなかった? あの音はバカ犬を食べていた音?
「ユカッ! 」
エリは立ち上がると、走って行って扉を全開にする。鼻を刺す饐えた匂いと、転がる大量の骨。その真ん中に立っているのは……。
「ク……ロ……? 」
見上げた先、天井に届くくらいに大きくなった、両目だけ爛々と光らせた真っ黒なそれは、ユカの声で言った。
「エ゛リ゛、お゛な゛が、ずい゛だ 」
そうだ、クロの声は……。
そう思った時には既に遅かった。次の瞬間、エリの目の前が真っ暗になる。続けて、バキッと自分の背骨が折れる音が聞こえた。
エリが最後に思ったのは、自分は一体何を育てて、何をずっと可愛いがっていたのだろうという疑問。
答えは出ないまま、その後、エリに本当の闇が訪れた。
2024.3.3 執筆
2024.3.4 公開
《おわり》
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