第6話 アリス

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第6話 アリス

「お嬢様、それはなりません。お母様(エリザベート様)のご叱責にあったばかりではありませんか……」  部屋の入り口でメイドは必至で説得しようとしていた、 「もう、うんざりなのよ!! これ以上お母様の言う事なんて聞いていられないわ!」  叫びながらメイドの手を振りほどき、部屋に駆け込む彼女の目には決意と怒りが宿っていた。家族の期待と義務に縛られた生活に、はもう耐えられなかったのだ。  父は特別厳しいわけでは無かったが、母は見栄の塊だと思う。自分の娘を自慢できるように仕込む事に、度を越しして執着しすぎているわと少女らしい潔癖感で嫌っていた。 「貴女も出て行って!!」  無理やりメイドを部屋から追い出して部屋の鍵をかける。はぁーっと大きく息を吐きだして、怒りすぎて真っ白になった頭を少し冷まして冷静になろうとした。  先ず着替えが必要ね、と素早くこれからの行動を考える。ここを出るためには貴族の服ではなく目立たないように屋敷を抜けてお爺様の所へ行かなくては。以前に学校の演劇で使うために手に入れた町娘の服を選び着替えを始める。 (ふう……、これは何とかまだ着られるわよね……?)  袖を通すと少し袖と丈が短いと感じたが、ぎりぎり許容範囲だと納得させる。 他愛無い町娘に扮したはずだったのに、上品な立ち振る舞いに、そんな町娘が居るかと全力で否定されたのを追い出す。帽子で髪と顔を隠し、少し俯き加減にすれば一目で見破られることは無いだろう。普段の自分の容姿がどれだけ耳目を集めるかは理解していた。  理解していないはずなどはない、そして彼女が美しく成長するにつれ母親のエリザベートは彼女の婚約者候補選びや、十八歳のデビュタントのための特訓に強烈に熱心になっていったのだ。誰かに聞いたことがある、自分では二位にしかなれなかったその悔しさを娘に晴らしてもらおうとしていたのだから、と。 (私が普通の容姿なら、お母様もあそこまででなかったかもしれないのに……)  愚痴を言っても仕方ないけど、こういう時は思いが口にでてしまう。トランクに詰めるものを選んでいく。少しのアクセサリーと貯めていたお小遣いを手に見つける。 (お爺様の所では要らないけれど……念のために持っておきましょうか)  数日間の着替えなどの荷物を詰め終わり、トランクを力強く閉じた。そっと窓からトランクを庭に降ろし、その上に慎重に降りる。幸いなことに運動神経には自信があった。  家の外に出ると、彼女は使用人たちの目を盗んで祖父母の家へと向かったのだった。  祖父母の家に到着すると、祖父と祖母に思いの丈をぶちまけた。祖父は静かに孫娘の話を聞いてくれたので少し安心する。やがて、深いため息をつくと、優しい目で(孫娘)を見つめた。 「エリザベートの言う事は間違ってはおらんが、彼女は厳しいからか少々度が過ぎとるのぅ……」  祖父は、遠い目をして過去を回想しているようだった。 「祖父様……私だって社交界の重要さは判っているつもりよ! でも他家の子女に比べて明らかに行き過ぎているわ」 「お前は、美しいだけでなく、聡明で心優しい娘だ。確かにお前は良くやっとる。が、過度の期待はちょっと辛いと言うのは判った!」  祖父はしばらく考え込み、やがて小さなメモを手に取り何か書き込むとアリスに渡した。 「今夜はここに泊まり明日の朝にこのメモの場所に行け。こっそり手配しておいてやる。一カ月ほど別荘(サルティーナ)で滞在すると良い。お互いに頭を冷やす期間が必要だろう」  祖父のその言葉に頷き、理解して貰えたことに感謝した。そしてメモを見て街外れの賑わっているとは言えない場所と、まだ見ぬ世界(サルティーナ)へ思いを馳せた。  ◇◇◇◇◇  アリスが島に到着すると祖父の手配した迎え(幸いにも祖父の家で見た事のある人物だった)が現れた。ここまで運んでくれたフィンに丁寧に挨拶をして別れる。  別荘に到着すると、目の前に広がる美しい景色に一瞬息を呑んだ。小高い丘の上にある別荘は、まるで絵画のようだった。白い砂浜と岩礁の先にエメラルドグリーンの海がどこまでも広がる。その向こうはウルトラマリンブルーだった。窓を開けると、潮の香りが部屋いっぱいに広がり、心地よい風が私の頬を撫でた。 (なんて素晴らしい場所なの! 空から見た景色も最高だと思っていたけれども、お爺様には感謝しかないわね……)  別荘で過ごす最初の数日は、アリスにとって新鮮で魅力的な日々だった。彼女は島の観光地を巡り、美しい自然を満喫しながら、心の休息を得ていた。毎朝、鳥のさえずりに目覚め、バルコニーで朝食をとる時間が特にお気に入りになった。  アリスは島の観光名所を一つずつ訪れた。まずは島のシンボルである灯台へ。灯台からの眺めは圧巻で、遠くに広がる水平線が彼女の心を解放してくれるようだった。灯台の上から見下ろすと、小さな漁村や白い砂浜が見えた。アリスはその美しさに見惚れ、しばらくそこに立ち尽くしていた。  しかし、次第にその日々にも変化が来る。有り体に言えば飽きたのだ。めぼしい観光地を巡り終え、島の風景にも慣れてくると、アリスは次第に退屈を感じ始めた。話を聞いてくれる友達の一人もいないのだから、十代の少女には無理もない事だった。 (こんなに素晴らしい所でも一人で過ごすことが全然楽しくないなんて、そこまで思い至らなかったわ……オリィやリヴィアは今頃どうしているかしら?)  アリスは友人の名をつぶやき、窓の外を見つめた。他愛のない話をする友人が恋しかった。 (……流石にそんな都合の良い事は無理よね。それならせめてここでの生活を精一杯楽しみましょう)  思い直した彼女はふと思い立って港へと向かった。港にはいつも活気があり、多くの船や飛行機が行き交っていた。アリスはその賑やかな雰囲気に少しだけ心が踊った。  そこに一機の白い飛行機が目に入った。それを見た瞬間、彼女は島に来た時の興奮を思い出す。 「そうだ! あの飛行機だわ! 間違いない!」  それはアリスをこの島まで運んでくれた、フィンの飛行機に間違いなかった。アリスはそのまま飛行機の方へ足を運び、じっくりと機体を眺める。あの空の旅を共にした白い機体はピカピカに磨かれている。ここに来た時には少し汚れていたので洗ったのかしら……  フィンが近くに居ないかと目を凝らしてみたが、残念ながらそれらしい人影は無かった。しばらく周囲を散策してみたが、現れる気配は無かったので諦める。  少し疲れとのどの渇きを感じてきたので近くのカフェに入る。カフェは港の喧騒とは対照的に、落ち着いた雰囲気が漂っていた。
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