初夏の季節 Ⅱ

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初夏の季節 Ⅱ

 その後の他校の女子高生達はというと、駅構内やコンビニとかで伊織とばったり出くわしても、何もせずに遠巻きにすれ違うようになったそうだ。  最寄り駅が同じだから、鉢合わせるのは仕方ないんだけど。  警戒を解かなかったのは、彼女達のうちの一人が、伊織の父親の連絡先に非通知で電話してきて、「もう一度、本人に直接謝らせて欲しい」と頼んできたからだ。  その時は伊織の母親が電話を代わって、「あなた達のせいで通院することになった被害者の医療費を、あなたは立て替えることが出来るの?」と釘を刺し、「本当に相手を思いやる気持ちがあるのなら、自分達の都合ばかり押し付けないで、そっとしておいて下さい」と言って、通話を切ったそうだ。  親同士の連絡で話を聞いた俺の母親は「この受験の大事な時期に!」と怒っていた。  手紙や伝言を託すという手段を用いず、名乗りもせず、「謝罪」という言い訳を掲げて直接面会を要求してくるあたり、『自己愛性パーソナリティー』100%って感じがした。  姉曰く、世間ではこういうのを『恋に恋する女の子』と言うらしい。『一途な恋心』と『ホラー』の違いが俺には分からない。  伊織に直接訊いたところ、録音に残った声の主は、俺が交番に連れていった女子高生の声ではなかったそうだ。多分、今回のつきまとい行為の指示を出した発起人、もしくは犯罪を黙認していた傍観者だろう。  伊織曰く、(おも)だった実行犯の面々は、なにも反省しないで不貞腐(ふてくさ)れた態度だったらしいから。  加害者からの接触ゼロが、被害者にとって一番ありがたい親切なんだけどな~……。  多分、本人達は自分達のことを『可愛い生き物』だと思い込んでいるような気がする。  でも、人によっては『スズメバチ』『ヒグマ』レベルで『共存出来ない生き物』と感じている訳で……。  姉曰く、これを広義の意味で『価値観の違い』と言うそうだ。モノは言いようだな。  後日、俺は、伊織の母親から俺の母親経由で、伊織が何回か通院している話を聞いてしまった。  耳鳴りが止まなくて、聴力検査のために、去年から何回か、土曜日に耳鼻科(じびか)を訪ねていたのだという。  幸い、聴力自体に異常はなかったそうだ。  ただし、現在の医療では、聴力低下を伴わない耳鳴りは、治すことができない。一生続くと言われている。  好きな音楽を聞いている時も、人と会話している時も、寝る間際まで、ずっと「キーン」と響く耳鳴りと共に生きることになるのだそうだ。  人によっては、髪にきたり、胃にきたり、眼にきたり、皮膚に出たりするらしいけど、伊織の場合はストレスが耳にくるタイプだったようだ。  胸くそ悪い話だけど、専門家でもない俺に、出来ることは何もない。ただ、伊織にはいつも通り、普通に接しようと決めた。  女子の集団相手に「やり返せ!」と出来るものでもないし、俺が伊織の立場だったら、ストレスで弱っているのを同情されたくはないから。  少し経ってから、朱里を通して事の次第の一部を知った伊織びいきの女子達が、本気でキレて立ち上がったという話を聞いた。  なぜか、バトミントン部、バレー部、バスケ部、剣道部と……何かをぶっ叩く体育会系の名前を聞かされたんだけど、繋がりが謎。以前、部費と体育館の場所取りでライバル関係だと聞かされていたんだけどな?  しばらくは、学校の体育館裏ならぬ、駅地下の駐輪場に他校の女子連中を呼び出して、徹底的にやり合ったそうだ。  ……うちは表向き普通高校のはずなんだけどな。夜間に二輪バイクを乗り回す系の****が校内に隠れて生息していたんだろうか。  恐ろしくて詳しくは聞けなかった。  以降、伊織宅に非通知の電話はこなかったそうだから、少しは彼女達にも通じたんだろう……と思いたい。  少しだけ、今の伊織の状況がお姫様っぽいなと思ったけど、俺は口を閉じた。今を過去の笑い話に出来るまでは、言えない。
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