2人が本棚に入れています
本棚に追加
春の季節 Ⅰ
男女交際に縁のない者同士で固まって──交際中のカップルは二人三脚で──励まし合って、俺達三年生は受験期間を乗り越えた。
合言葉は「風邪はひき初めに休め」と「伝染性の病気は教室に持ち込むな」だ。
マスクと手洗いを徹底して挑んだ共通テストは、当日、体調不良の落伍者を出さずに済んだそうだ。噂では。
俺と伊織は、前期日程試験で本命の大学に受かった。別々の大学だけど、「場所が近いから会えるな~」なんて言っていた。
ちなみに、二月はイベントなしで過ごした。後期日程試験を受験するメンバーがラストスパートに向けて頑張っていたから。個人の間でやり取りするカップルはいたけど。
大学は自宅通学も出来なくはないけど、遠い。だから、一人暮らしの物件も、一応探した。
その中に、偶然、伊織と俺の通う大学の中間地点に、ちょうど良い2Kの賃貸が空いているのを見つけた。二部屋とも一階の南向き。道から玄関まで階段がある。庭に生け垣があって、その下がちょっとした崖になっているから、南側の通り道から室内を覗かれる心配はない。一階の部屋だけどカーテンは開けられそう。
冗談で「ルームシェアなら暮らせそうだな」と伊織に言ったら、「瀬名とだったら、それもいいな」と返された。
そしたら、俺の知らないうちに双方の親が連絡を取り合って、いつの間にか俺と伊織のルームシェアが決まっていた。家賃と家電の費用は双方の家が半分ずつ持つという。2Kはちょっと狭いということで、2DKになった。
伊織の親は、俺が伊織と一緒に登下校しているのを感謝していて、「瀬名君と一緒なら大丈夫ね」と太鼓判を押してくれた。信頼が厚すぎる。
俺の親は、「一司は頼まれたらホイホイ他人を部屋に上げて、占拠されても気にしなさそうな気がするから、心配なのよ。でも、伊織君の安全第一で生活するなら、問題は起こさないでしょ」と宣った。こちらは信頼が薄すぎる。
「ちょっと待って」
だからといって、一時の感情で同居を決めたら、あとで部屋を出る時、超気まずいぞ!? 友達を呼ぶ時は、……まあ、伊織と俺の友達はダブっているから良いとして。将来、お互いに彼女が出来た時とか、どうすりゃいいんだよ!
俺は思いきって、伊織の家に訪問した時、俺から伊織の親に尋ねてみた。
「俺……僕、深く考えずにルームシェアとか言ってしまって、すみませんでした。伊織さんの家にご負担をかけていないでしょうか?」
「ううん。瀬名君は、推薦寮って知ってる?」
「いえ……」
推薦寮、または優先寮という寮は、同じ出身地の他大学生が一緒に暮らす寮なのだそうだ。寮母さんの食事付きの下、進学先のローカルルールを学び、情報交換をし、学生同士で助け合うのだという。
でも、遊びの方に振りきると、進級や卒業が危うくなる危険性もあるらしい。一瞬、四人揃うと遊べる卓上ゲームが思い浮かんだ。
「その点、瀬名君と稜一郎の二人暮らしは心配していないよ」と言われてしまい……。
次に俺は、伊織自身にも訊いてみた。
「なあ、無理してない?」
「してないよ。俺、自宅通学はちょっとキツいんだ。路線の乗り継ぎの関係で。つきまとう人間に遭遇したら、今度こそ通学拒否になる自信がある」
「そっか。……うん」
確かに、問題の彼女達がいる地元から、伊織が離れるのは俺も賛成だ。
「あと、大学の専用寮だと、どんな寮生と一緒になるか分からないだろ。瀬名なら人となりを知っているから、気が楽なんだ」
「そっか……。俺は伊織が嫌じゃないならいいんだけど」
高校の偏差値的に、俺達と彼女達が進学先の大学で出会う可能性は低い。
でも、理系の学部にも他学部と共通の必修科目はあるし、構内で新たに女子学生と遭う機会だってゼロじゃない。大丈夫か?
「でも、だけど、しかしだな……」と、俺が悶々としていたら、大学に自宅通学している姉から痛烈な一言を浴びせられた。
「一司。勉学だけに専念する学生生活も、悪くないと思うよ」
「うっ」
学生の本分は、青春じゃなくて、勉強。確かに正論だけども。
「あ、それと私、女子枠じゃないから。身内枠で遊びに行っても良い?」
「却下!」
もっともらしいこと言っておいて、本音は創作のネタ集めだろ!
姉は去年、クッキー作りに来た伊織と会って、「納得ー!」と宣った不謹慎な人間だ。
一つ箱の中での爆睡と一つ布団の中での爆睡は、すでに姉の創作本のネタにされてしまった。でも、断じて三度目はない! ……多分。
俺は観念して、引っ越し荷物を段ボールに詰めた。
相手がもし伊織以外だったら、俺だってルームシェアなんか提案していなかったしな。
最初のコメントを投稿しよう!