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春の季節 Ⅱ
ちなみに朱里は、俺達の引っ越し先近くの女子大に合格したそうだ。乗り継ぎの利便性が良いので、遠くても自宅通学するらしい。
俺達の卒業後の予定を聞いて、朱里は爆笑した。
「新生活が同居からスタートって、そこらのカップルより仲良いね~。ぃよっ! ロミオとジュリエット」
「黙れ」
「卒業しても、朱里とは向こうで会えるかもね」
伊織もツッコミ入れろよ。
「遊びに行っても良い?」
「ダメ。男の部屋に女子が一人で遊びに来るんじゃない。危ないだろうが」
「瀬名君は昭和の親父か。じゃ、クラスの女子達、誘っても良い?」
「ダ、メ。伊織の安全性が損なわれる」
「やっぱロミオじゃん」
「黙れ」
「俺は別に。朱里の関係者ならいいよ」と、伊織は取りなしてくれたけど。
クラスの女子達は、「卒業したら同窓会で会おうね」と、さっそく再会イベントを企画していた。
気、早すぎね?
春からの初めての自炊生活に緊張はあるけど、俺と伊織は去年の五月から今年の二月までほぼずっと一緒に通学していたから、伊織との二人暮らし自体に不安はない。
ただ、その前に、俺から伊織に訊きたいことがあった。
「伊織ー。あのさ、溜め込んでいる愚痴とかあったら、俺で良かったら訊くよ?」
「え、何?」
今まで極力『普通の雑談』しかしないようにしていたから、実は伊織の本心を、俺は知らない。
「あの……他校の女子高生とかの」
「ああ、特にない。というか、思い出したくない」
伊織は無表情になった。
「あ、ごめん。悪口を言ったら発散になるかなって思っただけ」
「全然発散にならないよ」
「そか。うちは時間制限を設けて、姉と母がよくやってるよ」
もしくは車の運転中、カラオケのように大声で歌って発散とか。
「うーん。うちは男兄弟だから、『愚痴を言って発散』という習慣自体がない」
「あ~、なるほど」
スベった。失敗。
肩を落とした俺を見て、伊織が口を開いた。
「まあ、『生きている俺自身を無視される』という経験は、金輪際体験したくないなと思ったけど」
「無視?」
むしろ求められていたと思うけど?
「俺の意思、俺の意見、俺の気持ち、全部無視!」
「あー、確かに」
「『俺』という生きている人間に、幻の人物像を重ねて、『理想と違うんですけど』って文句をぶつけられていた感じ。あの人達が恋慕う男は現実に存在しないよ。生身の俺にそれを求められても困る」
「……だな」
伊織、怒ると無表情で喋るタイプなんだ……。黙っていたら分からなくてそのままになるやつ。
「参加した覚えのない『おままごと』に、強制参加させられた気分。俺、幼稚園でよく誘われたけど。あれ、苦手だった」
「俺、参加したことない」
確か、うちの姉もオママゴトはしなかった。俺と一緒に怪獣ごっこはやっていたけど。
「うん。だから、瀬名と一緒にいると気が楽なんだ。息ができる感じ」
「そっか」
『息が詰まる』の反対語な。
ちょっとじわ~っと照れる感情が沸き上がってきて、俺は唇を噛んだ。
「伊織、春からよろしくな」
「こっちこそ。瀬名を頼りにしてごめんな」
「ごめんはなし」
今回は俺が、伊織の常套句を言ってみた。
「うん。じゃ、よろしく」
「おう」
俺自身は無自覚だったけど、この休憩時間のあと、俺は朱里に「鼻歌、歌っていたよね」と指摘を受けた。
嘘だろ? 恥ずかしいんだけど。
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