いいひとみーっつけた

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「やだやだやだやだやだぜったいにほしい!!! たんじょーびプレゼントなんでもかってくれるっていったじゃん!! パパのうそつき!!!」 子どもが駄々をこねる。それはもう手を付けられない程に。 来週の土曜日に娘の4歳の誕生日を迎える。 仕事ばかりであまりかまってやれていない娘。 せめて良いパパを演出しようと思い、 欲しいものは何でも買ってやると言った。 すると、『モンキキ』という今流行っているキャラクターのグッズが欲しいと言ってきたのだ。 名前くらいなら知っているし、流行っていることは何となくわかる。 だが、キャラクター名は知らないレベルだ。 正直何がそんなに良いのか全く分からないが、 1万円くらいならまぁ買ってやろうと思い、どいつが欲しいのか聞いた。 すると、娘は喜んでチラシを持ち出し指を指す。 「このキーちゃんのぬいぐるみとハンカチがほしい!」 「分かった。このドラゴンみたいな子だな。」 「そう!これこんかいゲンテーなの!」 「限定?」 持ってきたアパレルショップのチラシには 「数量限定」「無くなり次第終了」と記載がある。 そんな個数制限を設けたり、 わざわざこんなことを書かなければいけない程に人気なのだろうか? とはいえ、客も暇人ばかりでもあるまい。 こんなものに並ぶ人はそうそういないだろう。 発売日は金曜日だし、仕事の帰りに買えばいい。 最悪、ネット通販だってあるしそっちで買えばいいだけだ。 そう思いながらも、 少し気になって前回の時の様子などSNSで検索をした。 『モンキキ戦争破れた』 『現地3時間待ちは余裕』 『ネット即オチした無理』 『買わせる気なさすぎる』 『転売ヤ―多すぎ消えろ』 その時の写真などが多く載っているが、 信じられない程の人数が並んでいる。 余裕で買えると思っていたが、 思ったよりも難易度が高いようだ。 無理にこの限定商品を買うことはない。 別に他のだって顔は同じだ。 通販サイトを見たら他のものならすぐ購入できるし、 こっちで妥協してもらおう。 「きーちゃん?なら別に何でもいいんだろ? これじゃないの買ってやるから。」 「やだやだやだやだやだ!!このぴんくのキーちゃんがほしいの! これじゃなきゃやだ!」 「そんなに変わらないだろ。ただちょっと色が違うだけだし。」 「ちがうもん!!これじゃなきゃやだ!! なんでもかってくれるっていったじゃん!!!」 暴れまわる様子に、流石にため息が出る。 余裕で手に入ると思ったから何でも買ってやると言ったのだ。 この様子だと開店と同時にいっても難しいだろう。 かといって、これだけのことに仕事を休むのも馬鹿らしい。 娘とは約束してしまったし、転売ヤ―から買うのも気が引ける。 子どもに嘘をついてはいけないと教えている手前、 自分も嘘をついてはいけない。 そういう真面目な人間なのだ、俺は。 誰かに代わって買ってきてもらおうにも、 妻はこの間娘と自分を置いて出て行ってしまったし。 さて、どうしたものか。 その時、一人の人物が思いついた。 学生時代の友人が一人、 今は引きこもりをしていると聞いたことがある。 引きこもりということは、お金にも困ってるし、 時間なんていくらでもあるだろう。 お使い代3000円を出して買いに行って貰おう。 閃いた瞬間、すぐに連絡をした。 当時、何度か遊んだことがあったが、 卒業以来はあまり連絡を取っていない。 引きこもりというのも、同窓会で他の奴らに聞いた話だ。 こんなに好都合の人間はいない。 すると暇人らしく、すぐに返信が来た。 『久しぶり。俺だけど、今何してる?』 『久しぶり。珍しいね。特に何もしてないよ。』 『一つお願いがあるんだけどさ、良い?』 『そういう時はまず内容を言ってから是非を聞くものだろ。』 『だよな笑 実はお使いを頼みたくて…』 途中途中の捻くれた言い草にイラつきながらも、 彼からは了承を貰った。 先にPEYPEYでお金を支払い、 当日の仕事帰りにその品を渡してもらう。 思いがけず何とも楽なミッションになった。 そして当日。本人からは『買ったよ』と写真が送られてきた。 俺は『よくやった』と返信をして、その日の帰り道に落ち合う。 久しぶりに会ったそいつは、随分と小汚くなっていた。 引きこもりなのによく出てきてくれたと思ったが、 理由なんてどうでもいい。俺は手を差し出した。 「これ。」 「あぁ、ありがとう。」 受け取ったそれを確認すると、きちんとお使いが出来ていた。 お使い代の3000円+値段などを確認せずに適当に品物代2000円。 合計5000円を渡していた。 この商品にこんなにするとは思えないので、 恐らくいくらかはポケットに入れていることだろう。 この際それもくれてやろう。 俺はそのままその場を去った。 そして、脳内でこいつの存在を抹消する。 こうして受け取れば、これは俺が買ったことになるのだから。 あいつはなかったもの。娘には嘘をつかない。 これは、パパが、買ったんだ。 なんて丁度良い人物がいたんだ。 達成感を抱えながら、保育園へと行こうとした。 しかし、メッセージが入っていることに気が付く。 もしかしたら、さっきのあいつかも知れない。 今更良心が働いてお金を返そうと思ったのだろうか? 渋々開くと、出ていった妻からだった。 『娘はやっぱり引き取ります。 あなたといたことが私の人生の何よりの汚点でした。 あなたに出会う前の人生に戻りたい。』 そう書いてあった。 暫く言われた意味が分からず立ち止まったが、 俺はそのまま誰もいない家へと帰っていった。 何故なら、その瞬間俺の中では妻も子供もいなくなったのだから。
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