劇場型神隠し

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 この一軒家には“五十嵐”と表札が出ているし、“五十嵐愛理”の戸籍も間違いなく存在している事が分かっている。佐伯は愛理が提示した条件を本部に伝えていなかった。却下されるのが分かり切っていたからであり、愛理が佐伯に神隠しの判断を委ねたからだった。 「私はどちらにせよ消えます。それは変えられません。このまま今島の人達が消えた場合、神隠しはまた起こって繰り返す度にどんどん範囲が広がって発生する間隔も短くなります。でも……神隠しの範囲を動かした場合、二度と神隠しは起こらなくなります。今まで、スマホも無い時代に一人生き残った人達はそれを伝えられずに時間切れになっていたんだと思います。猶予の時間は長くなってるみたいですけど……。今島の人達に酷い事を言ってる全員が首都に住んでる訳じゃないし、何の罪もない今島の人達が消える事よりも良い条件だと思いませんか?」  彼女の意志は強く、自分の役目はそれを見届けて許す事くらいなのではないだろうか。佐伯はそう考えながら、一軒家の開け放した玄関扉から外を眺めた。佐伯が愛理に深く同情しているのは状況と職業柄の他にも理由があった。佐伯には同じ年頃の息子が居て妻と三人で首都に住んでいるが、佐伯は小学生まで今島で暮らしていた。両親の離婚を機に母と共に島から移ったが、それが無かったら今島で漁師にでもなっていて消えた島民の一人になっていたかも知れない。  愛理が消えるまで残された時間は僅かしかなく、人が活動していない町は針の落ちる音が聞こえて来るようだった。
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