劇場型神隠し

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 愛理が冷蔵庫を開けて紙パックからオレンジジュースをコップに注いだ。長く話していて喉が渇いたのだろう。秋月は初めて愛理の年相応な姿を見て、ここは彼女の家なのだとやっと実感が湧いた。 「あっ、お茶を出すの忘れてました」  オレンジジュースをごくごく飲んだ後、愛理はそう言った。 「気にしないで。それに、一応仕事中だから」  佐伯が一人で考えを纏めたいと言った為、秋月は愛理と二人だけでリビングに残っていた。愛理はまた椅子に腰掛けてスマホを見ている。ネット上では凄まじい勢いでコメントが飛び交っていて、愛理はSNSの画面を開いたまま顔を上げて、立ったままの秋月の顔を見た。 「もし、神隠しの範囲を動かしたら……私の家族や今島の人達が罪に問われたりしませんよね?」 「大丈夫。この島の人達に罪なんて無い」  秋月はきっぱりと言った。もうすぐ消えるというのに愛理が他の人の心配をしている事に胸が苦しくなったからであり、自分や家族が無事で良かったと秋月も例外でなく思っていた事から自己嫌悪を感じていた。 「五十嵐さん、ご家族や友達に何か伝言したい事はある?」  愛理は少し沈黙した後、目を伏せた。 「ありません。他の人だって何も伝えられずに消えるんですから……私だけ、ズルは出来ません」  秋月は愛理に何かしてあげたいと思ったが、愛理は憐憫を受け取るほど弱くはなかった。秋月が高校生と接する機会は仕事だけだ。愛理の年齢は妹にしては離れているし、自分の子供にしては近すぎる。秋月から見れば、今の愛理は大人と子供の境界線に居る曖昧な存在に思えた。 『今島の人達が消えてそんなに嬉しいんですか?』  愛理が再びSNSへ投稿した。愛理の悲しみに気付かず、ネット上ではそれを煽りだと受け取ったようで更にコメントは苛烈になっていく。 『酷い事を言った人は今すぐそれを消して下さい』  秋月は自分のスマホで愛理の投稿を見ていた。目の前にはSNSの文字だけでは決して伝わらない愛理の表情や息遣いがある。底知れぬ魅力を纏った愛理の姿を秋月は目に焼き付けた。
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