劇場型神隠し

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 十八時に二度目の神隠しが起こる、と愛理は言った。魔物に遭遇する“逢魔が時”と呼ばれる時刻なのは偶然ではないだろう。 「他の人にとっては自然災害みたいなものだけど、私は自分の意思でそれを捻じ曲げる。これは私の罪です」 「俺は君を許すよ」  佐伯は愛理の瞳を見て言った。神隠しの範囲を動かす事を佐伯も秋月も納得しているし、家の外を警備していたもう一人の部下は理解が追い付いてなさそうではあったが、スマホで動画を撮りながら黙って状況を見守っていた。  ブレザーの制服を着ている愛理は自宅の玄関先に立っていた。消える瞬間をどこで迎えるかと佐伯が訊ねると愛理はここを選んだ。まるで「いってきます」と家族に言うかのようだ。佐伯達と愛理は初めて会った時と同じように向かい合い、最期となる別れを惜しむ。  愛理が静寂の中で目を閉じた。  十八時を知らせる鐘のように人々の騒めきが一斉に戻って来て、車の走る音、人の話し声やドアの開閉される音が佐伯達の耳に届く。 「島民が戻って来たんだ」  佐伯の声は笑い出しそうに震えている。神隠しを目撃した興奮や、愛理が消えた事への苦しさが体の中で混ざり合っていた。 「今島は無事なようだけど首都はどうなったんだろう」 「ネット上はまだ何も起こっていませんね」  秋月がスマホを見ながら答えた。 「首都の二十分の一の範囲だから、そんなに被害は出ないだろうが……神隠しに遭った人にちゃんと国が対応するように俺達が仕事しないとだな」 「またSNSが荒れそうですね……」 「事件や事故の度に酷い投稿はあるが、今回の条件を聞いたら流石に誹謗中傷は止めて意見が出て来るんじゃないか?」  佐伯の表情は真剣というより暗い顔をしていた。神隠しを二度と起こさせない為の決断ではあったが、それが証明されるまで何十年とかかるだろうし、消えた人はもう戻って来ない。犠牲を小さく出来たとしても正しい判断だったと佐伯が思う事は生涯ないだろう。 『目の前でひとが消えた』  誰かが言い出すのを待っていたかのように、その投稿を皮切りに神隠しの目撃情報は増えていった。 『満員電車がスカスカになったんだけど。まだ電車動いてるのに』 「前の車が速度落として停まった。道塞いでるから車降りて見に行ったら人乗ってなかった』 『今島と同じ神隠し?』 『生き残りのアカウント動いてねえぞ』  何も知らない人達の混乱は大きくなる一方だった。投稿を見ていた佐伯達もその多さに不安を感じ始め、本部と連絡を取りながらヘリで逃げるように今島を後にした。
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