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「それにしても、酷いひとね。結婚するときに、絶対に幸せにすると約束したのは一体何だったのかしら。とんだ大嘘つきじゃない」 「は?」 「子どもが生まれたら、絶対に大事にすると言っていたのに。愛情をたくさん注いで、王家の王子や姫よりも幸せにすると言っていたのに。現実は何? 優しい言葉をかけるどころか無視をして、気に食わないことがあれば暴力をふるう? 周囲の人々があの子を守ってくれなかったら、一体どうなっていたと思っているの?」 「だから、お前は一体何を言って?」 「気安く触るんじゃないわよ。この最低下衆野郎!」  魔力を右の拳に集中させる。そのまま、娘が生まれてからの積年の恨みを込めて馬鹿夫の顔面に右ストレートを叩きこんだ。一応気を遣って、竜穴とは逆方向に殴ったことに感謝してもらいたいくらいだ。まあ、竜穴に落ちたところでそう簡単に死なせてやるつもりはないが。娘が苦しんだ分、しっかり罰は受けてもらおう。  まったく、守護霊になるにも修業が必要だなんて知らなかったわ。しばらく実家の両親に娘を預けていたら、いつの間にか娘まで武闘派令嬢になってしまって。おかげで魔力での防御も上手で、この男の力では娘に傷ひとつつけられなくなってしまっているけれど、だからと言って娘に手を上げたことを許す理由になんてならないのだから。 「大丈夫よ。竜神さまが、いくらでも治癒魔法をかけてくださるそうだから。好きなだけ鼻血を出してもらってかまわないわよ? ああ、なんて不細工なのかしら。あなたの心と同じね」 「……マリー?」 「ですから、わたくしの名前を気安く呼ばないでちょうだいな。あいにく礼儀知らずの豚に呼ばれる名前は持ち合わせていないのよ。って、そんなことを言ったら豚に失礼ね。あんなに可愛くて美味しい素敵な生き物なのに。目の前のゴミと一緒にしたら可哀想だわ」  ようやく目の前の人間が、娘に憑依した亡き妻であることに気が付いたらしい夫が叫び声を上げた。だがその声も、言葉も、すべてが吐き気を催す。どうしてわたくしは、こんな男と結婚なんてしてしまったのだろう。 「マリー、一体なぜ? 天に召されたのでは? それにどうして教えてくれなかった。お前が娘のそばにいると知っていたら、儂はジェニファーを大事にしたのに!」 「娘が心配でおちおち死んでなんかいられないのよ! だいたい、誰に何を言われなくても、妻の忘れ形見を大切にするのが普通なの。それにジェニファーは何度も伝えていたじゃない。わたくし(お母さま)はここにいると。ずっと、自分たちを見守ってくれていると。それなのに娘を嘘つき呼ばわりして、信じなかったのはあなた」 「だが、それは」 「それに、娘にそこまで辛く当たっておきながら、自分はほいほい再婚とは良いご身分じゃないの。可哀そうに。相思相愛で結婚間近の婚約者がいたというのに、金の力で無理やりこの家にあんな年若い女の子を連れてくるなんて」 「だが、この家には跡取りが必要で」 「ジェニファーを差し置いて? この国は性別に関係なく、長子が後継ぎになると定められているのに?」  わたくしの言葉に、夫は口ごもるばかりだ。  本当に気の毒なのは、夫の両親たちだと思う。彼らは、夫の横暴をひたすら諫めてくれた。彼らは道義的に恥を知っていただけではなく、子どもを虐待する夫の親族である自分たちの立場が非常に危ういこともきちんと理解していた。幾度となく夫を諌め、更生させようと努めてくれたのだが、結局夫の心根は変わらなかったのだ。
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