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「ジェニファー、お前には失望した。体調を崩していた儂に代わり、当主代理として領地の運営を任せていたお前が、まさか私利私欲にまみれ竜の宝を使い切ってしまうとは。これでは、竜神さまに申し訳が立たぬ。お前は自分の罪を贖うため、生贄として竜穴に飛び込むのだ。それが、約束を守ることができなかった我が家にできる唯一の償いである」  いかにも痛みをこらえて娘を断罪していると言わんばかりの父の姿に、思わず鼻で笑ってしまった。急に車椅子に乗り、執事に押してもらいながら部屋から出てくるなんてどういうつもりかしら。目の下に多少くまがあるものの、この男が昨日まで酒を飲み、肉を食らい、贅沢三昧な生活を送っていたことは周知の事実なのだが。ああもしかしたら、突然痛風の症状が出てきたのかもしれない。 「まあ、なんとも偉そうな台詞ですこと。それに私が当主代理だったなんて、初耳ですわ。一体、どういうことなのかしら。今までしがみついていた当主の座を私にお譲りくださるというだけでも驚きですのに、竜の宝を傷つけた責任を私に取らせると? まあ、このお話を耳にすればおじいさまもおばあさまもびっくりなさることでしょうね」 「心配する必要はない。なぜなら、お前は今から竜穴に向かうことになるからな。彼らがお前の死を知るのは、早くても明日以降になるだろうよ」 「ああ、なるほど。当主としての責任を私に取らせ、ほとぼりが冷めたらもう一度当主に舞い戻ると。なんとも都合の良いお話ですこと」 「黙れ、お前に許されているのは『はい』という言葉だけだ。この人殺し!」  ぱんっと音を立てて頬を打たれた。手を上げられるかもしれないことはわかっていたが、顔は避けてくるはずだと思っていたせいで、勢いに負けてそのまま床に倒れ込む。父の車椅子を押していた執事が、不愉快そうに眉を上げている。みしみしと何かが壊れる音が聞こえた。ああ、これはいけない。  なるほど、竜穴に落とすと決めた以上、目立つ場所に傷ができたところでどうでもいいということか。こんな男が自分の父親で、この土地の領主だということがあまりにも情けない。男が溺愛している弟妹たちが部屋に飛び込んでくる音が聞こえたので、ドレスの裾をはたき慌てて立ち上がる。 「お姉さま、竜穴の中に入るって本当なの? 僕も見に行っていい?」 「わあ、龍の穴って深いのかしら。真っ暗なのかしら。中には何があるのかしら。あたしも行きたい!」  一体どこから聞きつけたものやら。彼らは、既に私が竜穴に飛び込む件を把握しているらしい。子どもは時に残酷なほど無邪気だという。心から楽しそうな弟妹の質問に私が無言で首を横に振っていると、得意げな顔で父親がこたえてみせた。 「ならば、みなで見送るとしよう。可哀そうだが仕方がない。なぜなら、ジェニファーは生まれてくるべきではなかったのだから」  この男はやっぱり何もわかっていない。けれど私は父の言葉に逆らうことなく、粛々と竜穴に飛び込む準備をすることにした。
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