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48話 驚きの言葉を聞きます。
「よし、ついたぞ」
「ついたって、どこに――」
リリーの言葉の途中で、男はくるりと回って背中のリリーにお目当ての物を見せるようにする。
そして眼前に広がるそれに、リリーは感嘆の声を上げた。
「わぁっ……!」
リリーの前方に広がるのは、フェーンの街であった。フェーン特有の白い家と、青い海。それらが夕陽のオレンジの光に淡く包まれている。
思わず自分の状況を一瞬忘れるぐらいには、素晴らしい景色だ。
夢中になってその景色を見るリリーを肩越しに見て、男は嬉しそうに笑った。
「いいだろ? フェーンが一望できる、俺の気に入ってる場所だ」
リリーは男の言葉に頷きそうになって、はたと今の状況を思い出した。
そうだ、自分は今、謎の人攫いに担がれているのだと。そして男は今何故かは知らないが、リリーに景色を見せるために立ち止まっているのだ。これは逃げ出す好機だろう。
リリーは腕に力を込めて、担ぐ男の腕から逃げ出そうとする。
「うお、おいっ暴れるなよっ。落ち着けって」
予想外だったのか男は一瞬慌てたが、リリーが逃げ出すには至らない。リリーは自棄糞に叫んだ。
「落ち着いていられる訳ないじゃない! 貴方誰なのっ!? なんでここに私を……!」
「イディア・トゥイーツだ。イディアでいいぞ」
「…………え?」
男から告げられた言葉にリリーは目を瞬かせる。それは男の名前だった。イディア・トゥイーツ。リリーはその名前に十分過ぎるほど聞き覚えがあった。
リリーが暴れるのを止めたことで、男はリリーを肩から地面に降ろす。久方ぶりの地面にリリーが少しよろけると、男はリリーの肩を支え、考えるようにした後笑顔を見せた。
「ここに連れてきたのは……そうだな、アンタに笑って欲しいと思ったから、だな」
そう言って男はリリーの頬に触れる。けれどリリーにはそれどころではなかった。
「ちょっ、ちょっと待って。イディア・トゥイーツって、まさか貴方……!」
トゥイーツとは、フェーンの星詠みの一族の姓である。そしてイディアとは、
「ご明察」
驚くリリーに、男――イディアは笑みを深くした。
「俺がフェーンの、星詠みだ」
イディアの赤い、一つにまとめた癖っ毛の長い髪が風で揺れる。首飾りや腕の金の装飾品がキラキラと光り、けれどそれは彼の浅黒い肌によく似合っていた。はだけた胸元からは星を模した刺青が覗いている。
イディア・トゥイーツ。紛れもなく、フェーンの街の新しい星詠みの名前であり――暗殺犯に命を狙われている、その人である。
「これからよろしくな、リリー」
イディアは人懐っこい笑顔でにっと笑うと、リリーの腰を抱いて引き寄せた。
リリーはイディアに抱き締められる形になるが、その体勢よりも、イディアの言っている意味がわからず呆ける。この状況に頭がついて行っていないのだった。
「これからよろしくって……何を……」
「何って……」
今度はイディアが首を傾げる番だった。口を開くイディアとほぼ同時に、やっと追い付いてきたロジェが二人を見つけて声を上げる。
「リリー!」
けれどロジェがリリーのもとに駆け寄る前に、イディアの口から言葉は出ていた。
「俺と結婚、するんだろ?」
まるで当たり前のように言われたその台詞はぽーんと転がり出て、てんてん、とバウンドする。そしてころころと足元に転がってきて、ようやくリリーとロジェはその言葉を理解した。そして、
「「はああ!?」」
二人同時に、驚愕の声を上げたのだった。
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