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49話 星詠みと兄が睨み合っています。
「何それっ!? 私そんなこと知らないんだけどっ!」
イディアに腰を抱かれながらも、リリーは掴み掛かって詰め寄った。全く持って初耳だった。
対してイディアは増々首を傾げる。
「じゃあなんでアンタはフェーンに来たんだよ」
「それはっ……」
リリーは言葉に詰まる。リリーがここに来た理由は二つだ。
神降ろしで星詠みに会うことと決められたから。
星祭りで星詠みが殺されるのを未然に防がなければならないから、だ。
前者は説明が出来るが、後者はおいそれと言葉に出来るものではない。命を狙われている本人にそうと教えることも憚られたし、まだ知っているものの少ない情報を口に出すべきではないと思ったからだ。
なのでリリーは結局そのどちらも言わずにイディアを見上げた。
「――そもそもっ! 私のこと知ってるの!? 適当なこと言って――」
「リリー・フェデーレ」
リリーの言葉を遮り、イディアはその名前を呼んだ。そしてニッと口角を上げる。
「フェデーレの次期当主、だろ?」
どうやらイディアはデタラメを言っているのではなく、リリーのことを知った上で、理由があって結婚の話を持ち出しているらしかった。
全く話の掴めないリリーに、イディアは笑みをたたえたまま額に軽いキスをする。
「ひっ……!」
額を押さえて後退ろうとするリリーだが、がっちりとイディアがリリーの腰を抱いているため距離を取れない。
そんなリリーを見てくっくっとイディアは面白そうに喉を鳴らした。
「俺と結婚しに来たって聞いてるけど?」
「誰が、そんなこと、」
「本当に、誰がそんなことを?」
低い声だった。普段リリーは勿論、ランスにさえも出しているのを聞いたことのない、低く冷たい、けれど怒気の混じっている声だ。
「リリーを離せ」
「あ? 誰だアンタ」
鋭い目でイディアを睨みつけるロジェ。その手は腰の剣に掛かっていて、いつでも抜剣出来るようになっていた。リリーはぶるりと震える。そんな兄の顔を初めて見たのだ。
「お兄ちゃん……」
「お兄ちゃん……? ――あぁ! アンタが例の!」
リリーの兄を呼ぶ声を聞いて、イディアは訳知り顔で声を上げた。そして挑発するようにロジェを見て口角を上げる。
「有名だぜ? フェデーレのお姫様には、青い目の番犬がいるってな」
それもまた、リリーの知らない兄の情報だった。
リリーが今まで恋人ができなかったのは、リリーが断ってきたからだけではない。リリーに不純な動機で近付こうとする輩は、ロジェが事前に露払いをしていたのだ。
といっても、直接近付かないように言ったり、乱暴な事をしたことはない。
けれど、ロジェはいつもリリーの近くにいて、近付く者には笑顔で牽制し、時には睨みを効かせてきた。その番犬さながらの姿は貴族連中や教会関係者には話の種だったのだ。
驚きロジェを見るリリーだが、ロジェはイディアから目を離さずに怒りを強めて声を出した。
「……離せと言ったのが聞こえないのか」
「何でアンタに指図されないといけないんだ?」
「先に乱暴な方法をとったのはそちらだろう。星詠み殿」
「へえ、俺のことを知ってるのか。アンタには自己紹介してないはずだけど?」
ロジェは何も言わずにイディアの露わになっている胸元の刺青を見た。それは星詠みの証の刺青である。イディアは目線でそれと気付くと、なるほどね、と口笛を吹く。
「俺の事が分かってるなら説明はいらねぇな。リリーは俺と結婚する。邪魔は不要だ」
「だから、誰がそんなことを――!」
「待って!」
一触触発。今にもやり合いそうな雰囲気の二人を、リリーは声を上げて止めた。
「お兄ちゃんも――トゥイーツ様も」
リリーは兄とイディア、それぞれを見つめる。ロジェはリリーと目線を合わせると、一つ息をついて剣から手を離した。けれどイディアは軽い調子でへらりと笑う。
「イディアで良いって」
「トゥイーツ様」
リリーはイディアを真っ直ぐ見上げて言う。イディアには出会ってから今までの短い時間で散々好き放題されているのだ。リリーもロジェ程ではないにしろ少し怒っていた。
「離して下さい」
「……わかった」
しっかりとした拒絶に、流石のイディアもバツが悪そうにリリーの腰に回っていた腕を離す。リリーはここまできてやっと解かれた拘束に息を吐いて胸を撫で下ろした。そして改めてイディアに向き直る。
「説明して下さい。結婚って一体どういうことなんですか? 誰がそんなことを貴方に?」
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