51話 妹はきっと、この想いを知らないだろう。

1/1
30人が本棚に入れています
本棚に追加
/54ページ

51話 妹はきっと、この想いを知らないだろう。

「わかった」 「リリー……!?」  頷くリリーにロジェは信じられないとその名を呼ぶ。けれどリリーは至って冷静だった。 「私、トゥイーツ様のとこに行く」 「リリー! 何を言ってるんだ、一人じゃ危険だ!」 「大丈夫だよ。神降ろしでの暗殺の日は星祭りの時なんだもの。トゥイーツ様の近くにいれば、暗殺犯が探せるかも知れないし。それに、私が星詠みと会うっていう神降ろしの意味が解るかも」 「けどっ……!」  ロジェが言う危険には暗殺のことだけでなく、リリーに結婚相手だと好意を持ってるらしきイディアが危険だと言う意味も含まれているのだが、リリーはまるでそのことには頓着していないようだった。  そして納得出来そうにないロジェににこりとほほ笑み、その手をとる。 「お兄ちゃんはトランディル様やその周辺をお願い。ね?」  イディアが家に来ないかと誘ったとき、リリーは少し嬉しかったのだ。イディアの誘いが嬉しかったのではない。やっと自分にも兄の助けになれることが出来た、と思ったのだ。  ここまでリリーはロジェに良いところを見せられていない。そのことに落ち込んでしまったり、その上で兄に酷いことを言ったせいで泣いてしまったりしていた。  だからこそ、イディアの家に行くということは、その周辺の怪しい人物を探りながら星詠みであるイディアを守り、その上で神降ろしの意味を探れる、一石三鳥の好条件に感じたのだ。  お兄ちゃんの力になりたい。良いところを見せたい。  リリーはその思いからだが、如何せんロジェには受け入れがたかった。初めての街でリリーを自分から離すだけでなく、リリーに好意を持ってるらしき男の家に泊まらせるなど、言語道断。 「…………」  ロジェは憎しみを込めてイディアを見たが、イディアは挑発的に笑った。 「話は決まったか?」 「……容認出来るわけがないだろう」  ロジェは低い声でイディアに言う。  そもそも、リリーの結婚相手は自分なのだ。という言葉をロジェは飲み込む。事実婚のことは、考えたくもないが今後のリリーのためにも内密な話なのだ。星詠みに言う訳にはいかなかった。  けれどこんなに声を大にして言いたいと思ったことが今まであっただろうか。  リリーに触れるな、リリーに話しかけるな、リリーを見るな。リリーは俺の妻なのだ、と。けれど。 「(リリーは、俺のことを夫だとは思っていないだろう)」  自分を見上げるリリーはやる気に満ちた表情で、いつも通りの、兄に懇願する時に見せる顔だ。万が一にも、兄からこんなどす黒い独占欲を持たれていることも、他の男から狙われているとも思っていないだろう。  寂しいと、ロジェは思う。  なんとか意識してもらおうとしても、リリーにとってはどこまでいっても優しい兄でしかなくて。眼の前のいけ好かない男の方が、きっとまだ自分よりリリーに選ばれる確率が高いのではないかとさえ思ってしまう。  しかも星詠みが、星から授かった結婚相手がリリーだと言うのだ。信じたくはないが、その可能性があるのかも知れない。 「お兄ちゃん」  リリーが自分を呼ぶ。お願い。言外にそう言っているのがわかる。ロジェは息をつく。リリーが言うこともわかる。  リリーの言う通り星詠みと一緒にいれば、彼や彼を取り巻く関係性がわかり、暗殺犯を探すのに有利になるだろう。  それにリリーならば、ロジェが星詠みと一緒にいるより怪しまれない筈だ。イディアはきっと周りにリリーは星が示した結婚相手だなんだと吹聴するはず。それならばリリーと星詠みが一緒にいることを不審に思う者は少ないだろう。星詠みを守ることも、周囲を探ることも容易くなる。  それに、リリーの言う通り神降ろしの星詠みに会うことの意味はまだ分からないのだ。星詠みの言う結婚相手がリリーであることと関係があるのかも知れないが、まだ分からない。分からない以上は、それを探るしかないのだ。
/54ページ

最初のコメントを投稿しよう!