52話 星が嫌いになりそうだ。

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52話 星が嫌いになりそうだ。

「…………わかった」 「お兄ちゃん……! ありがとうっ」  長い沈黙の後、ロジェは頷く。リリーは嬉しそうに兄の手を握った。ロジェはリリーの手を握り返してほほ笑むと、ぎゅっとその小さな体を腕に収める。 「リリー、気を付けて。危険があったら立ち向かわずに、助けを呼ぶんだ。いいね?」 「わかった。お兄ちゃんも、何かあったらイクスさん達を頼ってね」 「あぁ。わかった」  お互いが名残り惜しげに抱きしめ合って、そっと離れる。ロジェは眉を下げると、リリーの目尻を優しく撫でた。 「……泣いたの?」  先程からずっと、気にはなっていたのだ。最初は星詠みに何かされたのかと思ったが、リリーの様子でそれはなさそうだと考えた。泣くほどのことをされたのなら、ここまで普通に接するとは思えない。  リリーは慌てたように首を振って否定した。 「う、ううん! これは何でもないの! さっき目にゴミが入って、それで強くこすっちゃったから……」 「そうだっけかぁ?」  横槍を入れたイディアをリリーがキッと睨み付ける。イディアはぴゅうと口笛を吹いて素知らぬ顔をした。  その様子をロジェは少し眉間に皺を寄せて見る。けれどリリーがロジェに向き直るとすぐにその皺は消えた。 「本当に、泣いてないの?」  リリーの顔を覗き込むようにしながら、ロジェはまたリリーの目尻を撫でる。リリーは瞳を泳がせながらも頷いた。 「ほ、本当だよ……」 「……そっか。分かった」  ロジェはリリーの頭をぽんと撫でた。いつも通りリリーはそれを受けるが、けれどほんの少し、兄から悲しげな雰囲気を感じた。一体何故なのか。リリーは不思議に思うが、理由に至ることなく、ロジェはリリーからイディアに向き直った。 「星詠み殿」 「あん?」 「リリーのこと、よろしく頼みます。――けれど、」  言葉を区切ったロジェはイディアに近付く。そしてリリーに聞こえない小さな声で耳打ちした。 「リリーに何かしてみろ。俺がお前を殺す」  暗殺犯から守りに来ているはずなのにこの台詞である。イディアを見る視線も声も氷のように冷たい。きっと脅しではないことはイディアにも十分にわかった。 「ふぅん……」  けれどイディアは逆に面白そうに笑みを深めると、リリーに声をかけた。 「リリー。俺の家はそう遠くないところにある。このまま歩こうぜ」 「え、でも、領主館にある荷物とかは……」 「大丈夫だよ。後で誰かに届けさせる」 「わかった。それじゃあ……またね、お兄ちゃん」 「うん……またね、リリー」  お互い別れの挨拶をして、リリーはイディアに連れられてロジェに背を向ける。  イディアは背を向けながら軽く片手を上げた。 「ま、安心しろよ、オニイチャン。リリーの嫌がることはしねぇよ」  ロジェはそれに何も答えぬまま、二人の背を見送る。いつか考えた、知らない男と一緒にリリーが自分から離れていく姿と重なった。  ――暫くロジェがそうしていると、もうすっかり夜になった暗闇から声がかけられる。 「――追いますか」  ロジェはその声に驚くことなく返す。 「頼みます。リリーから目を離さないように」 「御意」  返答とともにすっと相手の気配が消える。  ロジェがため息を付いて振り返ると、そこにはいつの間に来ていたのか、イクスが煙草に火を付けているところだった。 「行かせて良かったんですか?」 「……リリーが決めたことですから」  ロジェはそれだけ答えると、イクスとすれ違って来た道を戻っていく。 「……ったく、しょうがないお二人だ」  はーっと深く吐いた紫煙は、星の瞬く夜空に溶けていった。
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