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53話 領主館にて。
「なんと! イディア殿がリリー様を連れて行ってしまったのですかっ!? 全く! フェーン滞在中はこのアリオスに衣食住はお任せ下さいと頼み込んだというのにっ!」
ロジェは領主館に戻り、アリオスにリリーはイディアの館に滞在すると告げると、彼は憤慨して声を上げた。ロジェはその言に驚く。
「事前に星詠み殿と私達のことで話されていたんですか?」
「ええ! あれは確か十日前……イディア殿が訪ねてきましてね、仰ったんです。フェデーレから人が来る。当主の娘は俺の結婚相手だと」
「十日前から……」
十日前といえば、ロジェ達が王都から出発する一日前のことだ。フェーンに滞在する旨の書状を持たせた使者が出発した日のことで、勿論その日にフェーンに着くわけがない。
ということは、そんなに前からイディアは星詠みとして全てを知っていたということだ。これは星詠みとしての力は本物らしい。
ロジェは考えるように腕を組む。アリオスはかまわず興奮した様子で話を続けた。
「そうすると本当にフェデーレから使者が来てご兄妹の滞在を知らせるではありませんかっ! だからイディア殿には私にお任せをとあんなに言っておいたのに! まさか後から掠め取るとはっ!」
「アイツはそういう狡猾な男なのよ」
地団駄を踏むアリオスの言葉に返答するように声がした。ロジェがそちらを向くと、長い黒髪の妖艶な女性が近付いてくるところだった。
「明るい態度の裏では蛇のように陰湿なの」
「貴方は……」
ロジェは問いかける。イディアのことをよく知っているような口調に、もしかしてと心当たりはあった。
女性はロジェの対面で立ち止まる。
「ティア・トゥイーツ」
女性――ティアは肩にかかった黒髪を優雅な手つきで後ろにはらうと、金色の瞳を弧を描くように細ませた。
「あの男の姉よ」
やはりか、とロジェは思う。事前に調べた情報に星詠みには姉がいるとあったのだ。
ロジェはにこやかに手を差し出した。
「ロジェ・フェデーレと申します。話には聞いていました。新しい星詠みには美しい姉がいると」
「私も聞いていたわ。青い目の番犬さん」
ティアはからかうような瞳でロジェに握手を返す。その瞳がイディアにそっくりで、ロジェは内心苦く思いながら照れる演技をした。
「お恥ずかしい。少し妹贔屓が過ぎましたね」
「いいえ。ご兄妹仲が良いことは素敵なことよ。うちとはまるで正反対だわ」
「……星詠み殿とは仲が良くないのですか?」
ティアの最後に付け足された言葉に、ロジェはまるで何も考えていないふりで質問をする。ティアはにこりと笑った。
「ええ」
そしてティアはそっとロジェの胸に手を添え、耳元で囁く。
「殺してやりたいぐらい」
それは笑みの混じった声だった。ロジェの耳元から顔を離したティアはにこりと妖艶に微笑んでいる。聞いたのがロジェでなければ冗談かと思うかもしれない。
けれど、弧を描く金色の瞳は怪しく光っていて、ロジェは自身の胸に添えられたティアの手に、包み込むように己の手を重ねた。
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