エミカちゃんはカワイイから

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幸か不幸かこの事件はまだ学内ではそう広まらなかった。 そして最初の宗教美術史の授業の後、若い准教授の北山が学生たちに言った。 「紀要の発送を手伝ってくれないか?コーヒーとおやつも付くぞ」 “おやつ”の一言にエミカは食い付いた。 何人かが北山の部屋へと向かった。テーブルの上には白い表紙の本が積まれている。北山は宛名の貼られた茶封筒をその上に置いた。 「この封筒に一冊ずつ詰めて封をしてくれ。みんなでやれば早いからよろしく頼む」 「おやつは?」 エミカが言うと、北山は苦笑した。 「本を汚さないように発送が終わってからだ」 北山は少し離れた自分の机に戻った。席についた女子学生が封筒に紀要を詰め始める。 だが、エミカは紀要を一冊取るとじっと見つめた。やがて一頁ずつ読み始めた。すぐに助手の寺西が気づいた。 「読者の方に送る大事な本だから読まないで。手を動かしてね」 エミカの耳には入らない。本を読み出すと何も聞こえない癖だ。 いらっとして寺西が 「聞こえてる?作業をしてちょうだい」 エミカ、なおも無視。 寺西は本を取り上げた。 「ぐあーあーあ」 狭い部屋中にエミカの奇声が響いた。 皆、あっけにとられて固まった。 「エミカちゃんのほーん!」 「あなたのじゃないの。美術史学科と読者の方のなの」 「エミカちゃんのぉ」 「そんなに欲しいのなら本代の二千五百円払って!」 「へっ?」 そんな金は持っていない。財布にはいつも母からもらった五百円を入れ学食のランチに使われる。 エミカはそれでも寺西に取られた本を取り返そうとする。エミカにとって一度読んだ本は自分の物だ。 「もういいから帰ってちょうだい。あなたは出入り禁止」 寺西はチラリと北山を見た。 「はい、立って、出て行って」 「おやつは?」 「あなたの分は無いの」 「ジュースもちょうだい」 「盗人たけだけしいわね」 「出て行ってくれ」 北山がとどめをさしてエミカはしぶしぶ立ち上がった。 「本とおやつ」 ボソッと呟きながらゆっくりとエミカは部屋を出た。口をとがらせたまま。
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