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その後のエミカも奇行は止まらない。図書館から無断で本を持ち出しては逃げ走り、学内のコンビニで昼時の混雑にまぎれておにぎりと菓子を持ち逃げした。多数の学生の見る中を走って逃げて学食のテーブルで堂々と食べた。そのころにはオレンジどろぼう、オレどろとあだ名を付けられたエミカの存在は知れわたり、ついに学生課からメールで呼び出しがかかった。
──ご両親と一緒にいらしてください──
今度はなんの表彰かしら?エミカは能天気に信じていた。小学校以来、絵のうまいエミカは何度か優秀な作品として賞をもらっているが、それ以上に問題行動を起こしては学校からお説教を喰らっている方が多いというのに。性癖に繊細さは一欠片もないのに絵は繊細だった。母親の泰子は家事や子育てから逃げ回っている夫の孝を連れ出すのが一苦労なので頭が痛かった。そもそもろくに生活費を渡さず自分にばかり金を使い切るダメ夫だ。
なんとか学生課に親子は出頭したがエミカも父親も宇宙人だった。ピカピカの時計を光らせて子育ては全部母親の役目だと言い張る孝に「精神科へ行って家族カウンセリングを受けてほしい」と大学のベテラン職員である伊丹悦子は言うしかなかった。あと「エミカさんはアルバイトをするかジュース代程度のおこづかいをあげてください」とも。
エミカはアルバイトもできなかった。
高校生の時に親戚の洋菓子店に押し掛けたのだが、店にも立たず手伝いもせず、勝手にケーキを食べ尽くすだけのエミカは一日で追い返された。
「おこづかいちょうだい」
エミカはねだったが孝は
「俺が稼いだ金を俺が使って何が悪い、学生は本代以外不要だ」
としか言わない。
「生活費をください。今日はもうコロッケだけです」
「お前のやりくりがへたなんだ」
おとなしい泰子が珍しく反論したが孝には響かない。
職員は冷たい目で見ている。
「エミカさんが窃盗をしているのはご存知ですか」
「こいつの育て方が悪いんだ。こんなブスになりやがって。俺は優秀だ」
「子育てはご夫婦でやるものですよ」
「女の役目だ」
エミカは話を聞いていないのか。手いたづらをしている。伊丹の名刺を折ってたたんでいた。
「本郷恵美香さん!」
もちろん聞いてない。
「ぁあん?」
不愉快な声を出した。何かは気づいたらしい。
「で、いったい何なの?表彰は?お腹すいたんだけど」
冷ややかな視線にようやく気づいたエミカがつぶやく。都合の悪いことは一切聞こえない性分だ。
伊丹は無性に腹が立った。
孝がエミカの頭をげんこつで殴る。
「こいつはバカなんです。俺に恥をかかせやがって。俺は順調に部長になっている」
「んぎゃあー」
エミカはいつもの奇声だ。
「恵美香さんは良い成績で入学されてます。問題は精神面です」
もう、伊丹も呆れはてていた。
「高校ではどうされていたのですか」
こらえきれず泰子が泣き出した。
「すみません、すみません。でもどうしたら。病院なんてあまりにも不憫で」
「エミカちゃん、おりこうさんなの。とってもカワイイしバカじゃないもん。優秀なの。特別なのよ。私がリーダーでヒロインなの。センターは私。頭領運の持ち主だから大物になるの。アイドルにもなれるでしょ。カワイイ~」
父娘揃って妙な優越感を持っているようだ。
「このままだと停学、退学という問題になります」
「金、返してくれんのか」
孝は金のことしか頭にないのか。
最後まで宇宙人だった。
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