3章 2 涙で霞む結婚式

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3章 2 涙で霞む結婚式

 教会に到着すると、入口で正装姿の男性に窘められた。 「何だ? 君はメイドじゃないか。主人の忘れ物でも届けに来たのか?」 「い、いえ……式に参加するために来ました」 「何だって? そのメイドの姿でか? 君はそんな格好で式に参加するつもりなのか?」 男性の眉が険しくなる。 「あの、実はクリフ様のフットマンをされている方からメイド長に伝言があったそうです。私、フローネを結婚式に参加させるようにと」 アカギレだらけの手をしたメイド服姿の私を険しい目で見つめる男性。 怖さと恥ずかしさで、身体が小刻みに震えてしまう。 「……まぁ、その様子だと嘘では無さそうだな……分かった。中に入りなさい。くれぐれも他の参列者の方々に失礼のないようにな」 「はい、分かりました……」 やはり、中へ入らなければならないのだ。出来ることなら、この男性に門前払いされたかった。 そうすればこんな惨めな姿で、2人の幸せな姿を見せつけられることも無かったのに。 落胆しながら、教会の中へ足を踏み入れると一斉に好奇の目が私に向けられる。 「何だ? メイドが入ってきたぞ……」 「誰のメイドかしら」 「一体何しに来たんだ……?」 ヒソヒソと話す声が私の耳に入ってくる。やっぱり、誰もが場違いだと思っているのだ。 私は一番後ろの誰も座っていない列の末席に座ると息を殺してひっそりと結婚式が始まるのをじっと待った。  それから程なくしてパイプオルガンの美しい音色が響き渡り、教会の扉が大きく開け放たれる。 その気配にハッとして振り向くと、真っ白なドレスにタキシード姿のクリフとリリスが目に飛び込んできた。 まさか、一緒に入場してくるなんて……。 クリフとリリスはしっかり腕を組んで、ゆっくりと神父の待つ祭壇へと向かっていく。 そんな2人に参列者たちは静かに拍手をおくり、口々に囁きあう。 「まぁ……なんて美しい花嫁なのかしら」 「花婿もとても素敵ね」 「お似合いだな……」 参列者たちの2人を賛辞する声を私は黙って聞いていた。 ……本当にお似合いだった。 リリスは一段と美しい花嫁姿だったし、クリフもいつも以上に素敵だった。 クリフ……リリス……。 お祝いしなければならないのに。悲しみのほうが勝って、そんな気持ちにはなれなかった。 思わず目に涙が浮かび、2人の姿が霞んで見える。零れそうになる涙を、誰にも知られないように手で拭った。 周りは皆笑顔なのに、今の私は作り笑いすら出来ない。 クリフ、リリス……どうして私をこの場に呼んだの? 私はただのメイドなのに……こんなおめでたい席に出席出来る立場ではないのに。 ふたりに、お祝いをプレゼントすることすら……出来ないのに……。 やがて式が始まった。 神父様の祝の言葉の後に、クリフとリリスが永遠の愛を誓う。 そして私の見ている前でキスを交わす2人を見た時、この場から消えてしまいたくなった。 2人が拍手に包まれながら、教会を出ていく姿を絶望的な思いで見つめるしか無かった。 もう二度と、私はあの2人の隣に並んで立つことは許されないのだ。 だって、私はバーデン家のメイドの中でも一番地位の低い洗濯係。 そして、リリスはいずれ当主になるクリフに嫁いだのだから。 気付けば、いつの間にか参加者たちがぞろぞろ教会の外へと出ていく。これからガーデンパーティが開かれるので、恐らく次の会場へ向かうのだろう。 「私も……行かなくちゃ……」 早く仕事に戻らなければ、また叱責されて食事を抜かれた挙げ句に残業することになってしまう。 私は、重たい足取りで仕事場へ向かった。  その後―― 仕事場に戻ったものの、私はメイド長に「戻ってくるのが遅すぎる」と激しく怒られて食事抜きの罰を与えられてしまった。  結局、洗濯の仕事は夜までかかってしまい、ベッドに入れたのは日付が変わる頃だった。 もう、心が折れそうで苦しかった。 今の私には弱音を吐ける人も、相談できる人も誰もいない。 本当に孤独だった。 そして、この日の夜も……私は枕を涙で濡らしながら、眠りに就くのだった――
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