1章 6 迎え

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1章 6 迎え

 クリフとリリスが一緒にいるところに偶然遭遇してしまってから2週間が経過していた。 この日、私は食堂の定休日で仕事が休みだったので、朝から父の部屋でお針子の仕事をしていた。 「……はぁ……」 ドレスの裾部分にレースを縫い付けながら、ため息が漏れる。 私はまだあのときのショックから立ち直れないでいた。思っていた以上に、2人が私に内緒で会っていたことが堪えていたのだ。 「フローネ。……大丈夫か? 最近あまり元気がないように見えるが、何かあったのか?」 珍しくベッドから起きあがり、仕事をしている父が尋ねてきた。 「え? いいえ。大丈夫よ。それよりも起きて仕事をしても大丈夫なの?」 「あぁ。今日は大分具合がいいからな。起き上がれる間は仕事をしないと」 そして父は再び原稿用紙にペンを走らせる。 父は新聞社の社説を書く仕事をしている。父の体調の具合に合わせて新聞社が委託してくれるので、とても重宝している。 「私がもっと丈夫だったら、沢山依頼を受けて仕事することが出来るのだがな……」 「そんなことないわ。お父様が働けない分、私が頑張るから。これでも食堂の仕事もお針子の仕事も頼りにされているのよ? お給金も上げてくれたし。今にニコルも大きくなって働き手になってくれるはずだし」 「そうか……フローネにも義務教育までしか受けさせることが出来なかったし……せめてニコルは男の子だから高等部まではいかせてやりたいが……」 「お父様、働きながら夜学にだって通えるから大丈夫よ。私もニコルの学費を出せるようにもっと頑張るから」 本当は、働き詰めで疲労困憊している。 けれど家族の前で弱音を吐くことなど出来ない。 「フローネ……」 父が悲しそうな眼差しを向ける。 「大丈夫、私は身体が丈夫なのが取り柄なのよ。だからいくらでも働けるわ。それに今日の仕事はこの仕立てが完成すれば終わりだもの」 そのとき。 開け放した窓の外からガラガラと走る馬車の音が近づいてくる音が聞こえてきた 「おや? あの馬車は……リリス嬢の馬車じゃないか?」 窓の外に視線を移した父が教えてくれた。 「え? リリスが!?」 慌てて縫い物の手を休めて窓に駆け寄ると、丁度馬車からリリスが降りてきたところだった。 彼女は私が窓から見ているのに気づくと、笑顔で手を振ってくる。 「お父様、ちょっと行ってくるわ!」 「ああ、行っておいで」 父から返事をもらうと、私は急いでリリスの元へ向かった。 「リリス! 驚いたわ、一体どうしたの?」 今日のリリスは目も覚めるような美しい水色のドレスを着ている。 「ねぇ、フローネ。突然だけど、これから一緒に出掛けられる?」 「ええ、多分大丈夫よ。お父様は今体調が良くて仕事をしているし、ニコルは学校へ行っているから」 「それじゃ、今から行きましょうよ」 「あ、でも少しだけ待っていてもらいたいの。今、こんな着の身着のままの姿だから」 リリスと出掛けるにはあまりにも不釣り合いだった。 彼女は美しいドレスを着ているのに、今の私は麻のブラウスに木綿のロングスカート姿だ。 これでは傍から見れば、令嬢と使用人の関係に思われてしまうだろう。 「そんなこと気にしなくて大丈夫よ。それに着替えていたら遅くなるわ。クリフを待たせてしまうことになるもの」 「え!? クリフ? もしかして、帰って来たの?」 「ええ、今日の11時に汽車が到着するの。それで駅前の喫茶店で待ち合わせしているのよ」 「そう……だったのね」 私には何の連絡もくれないのに、リリスには入れていたなんて……そのことが無性に寂しかった。 するとリリスは私の表情に気づいたのだろう。 「フローネ、連絡がこなかったことなんて気にすること無いわ。だってあなたの家には電話がないでしょう? だからよ。きっとクリフに深い意味は無いと思うの」 「そ、そうね。ありがとう。でもそういうことなら、すぐに行かないと駄目よね。それでは父に声をかけてくるわ」 「ええ、待ってるわ」 私は急いで父の元へ戻った。 「お父様! クリフがもうすぐ帰ってくるの。それで今からリリスと迎えに行ってもいいかしら?」 「ああ。行っておいで」 笑顔で父が返事をする。 「ありがとう、それでは行ってきます」 リビングから自分のショルダーバッグを持ち出すと、私は再びリリスの元へ向かった。 「お待たせ、リリス」 「では行きましょう」 私達はクリフを迎えに馬車に乗った。 そしてこの後……私は酷く傷つくことになる――
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