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僕とは違う君が好き
春。
冬の間降り続いた雪がやみ、青空が見える日が増えた。ふきのとうが頭を出し、人間達のコートが薄いものに代わってくる頃。私は地面の下から、大きな大きな木を見上げて息を吐いたのだった。
「桜さん、ねえ桜さん、聞こえてる?」
私の名前は、蒲公英。
人間には“雑草”と呼ばれる花の一つ。そして私は種が運ばれた果て、この公園の桜の木の根元に自生した花の一人なのだった。
「もうすぐ、お花見の季節ね。お花は咲いてる?」
「やあ蒲公英さん。ご機嫌よう」
彼は小さな私と比べるととっても大きい。彼の仲間たちもそうだ。そんな彼も、元々は小さな苗木に過ぎなかったという。十年くらいかかって、やっと大きな桜の木まで成長できたらしい。
私の声に気付くと、そうっと枝を伸ばしてくれたのだった。
「もう三月だからね。見ておくれ、ほら、つぼみがこんなに大きくなってきた。開花はもうすぐだ」
「あら、とっても可愛いわ」
「うん。今年はいつもより大きな花をたくさんつけられそうなんだ。雪は降ったけれど、今年の春は例年より暖かくなりそうだしね。もうすぐ僕達が一番目立つ時期がやってくる。緊張するけれど、とても楽しみだよ」
「そう……」
彼等が目立つ時期。
そう、お花見の時期が来る。彼等ソメイヨシノが一番人間達に注目されるのがこの時期だ。大体、三月半ばから四月の頃と言えばいいだろうか。
開花時期は年によって違うと知っている。また、花が満開になっても人間達の都合で、毎日人が来るとは限らなかったりする。人間には学校やら会社やら家事やらがあるので、土曜日と日曜日以外は忙しい人が多いのだそうだ。
まあ、最近は働き方も“多様化”してきたらしく、平日が休みの人も増えたみたいだし、仕事を引退した人達なんかは毎日来たりもするけれど。
「あなた、お花見は好き?」
私が尋ねると、桜は“もちろんさ!”と枝を揺らした。
「僕達のことを、人間達がとても大切にしてくれる。綺麗だねと褒めてくれる。とても嬉しいことだよ」
「あなたは、人間に褒められると嬉しいの?」
「うん。僕は人間のことが大好きだからね!」
「……そう」
彼がどんどんテンションを上げていっているのがわかる。桜は、私にとって数少ない話し相手で、友達なのは間違いない。けれど、残念ながらこの点については意見が合わないのだった。
「私は、人間が好きじゃないわ」
現在、この地球を支配しているのは人間だ。そんなことわかっている。でも。
「どうしても、好きになれない理由があるのよ」
多分この気持ちは、桜の彼にはわからないのだろう。
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