ズィピャヌ神話

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「ズィピャヌ地方に古くから伝わる神話は、ズィピャヌ神話と呼ばれています。万物の始まりの神とされるゾィムュサ・ガムュザルョは、大変に重要な神です」  白いあごひげを蓄えた賀集院教授が教壇に立っている。俺は今、卒業単位を稼ぐために選択した『ズィピャヌ神話概論』を受講中だ。 「始まりの神ゾィムュサ・ガムュザルョは、光の神ラペァ・ヌォ・メュサェムと、闇の神デゥゾョバ・ンドョラを生み出しました」  神様の名前むずいな。テキストを見ても、うまく発音できそうもない。 「おそらくここにいる皆さん全員が、ズィピャヌ神話を知らないでしょうし、ほとんど興味もないことでしょう。短期間の集中講義で単位がもらえるので、ただ単位がほしくて受講した方がほとんどだと思います」  やばい、図星だ。受講していた十数人の生徒から小さな笑いが起きた。 「講義の最後のテストに合格すれば単位は差し上げます。とても簡単なテストです。出題する問題をあらかじめ教えてあげます」  お、楽に単位もらえるタイプの講義か? 「まずテストに出るのは、今言った神様たち。始まりの神ゾィムュサ・ガムュザルョ、光の神ラペァ・ヌォ・メュサェム、闇の神デゥゾョバ・ンドョラです。覚えておいて下さい」  覚えにく! 光の神ラペァ……ラペ・ヌォ……ラペァ……ラペ……。……無理かも。  突然、一番前に座っていた男が手をあげた。黒いTシャツにジーンズの痩せた男だ。 「賀集院先生、よろしいでしょうか」  俺は一番後ろの席に座っていたので顔は見えないが、あまり見覚えのないやつだった。  「この像を見ていただけますでしょうか」  黒シャツ男は、鞄から二十センチくらいの石像を取り出し教授に見せた。 「おお。これは、闇の神デゥゾョバ・ンドョラの像ですな。どこでこれを?」 「先週ズィピャヌ地方のビェズィナェ遺跡に行って来たんです」 「ビェズィナェ遺跡って、最近発見された遺跡じゃないですか。古代ズィピャヌ文化を知る鍵になると注目されている遺跡ですよ」  教授が首にかけていたペンダントを、ワイシャツの首元から出した。俺からは遠くてよく見えないが、小さな白い石のようだ。 「私が持っているこのペンダントは、光の神ラペァ・ヌォ・メュサェムが刻まれているお守りで、ズィピャヌの人たちが皆持っているものです。彼らは、君が持つその闇の神をいまだに恐れています。悪いことはすべて闇の神の仕業と考え、光の神の名前を唱えてお祈りします。助けてくれると信じているのです」 「賀集院先生。僕、この像を遺跡から勝手に持って帰ってきちゃったんです」 「それはいけませんね。法に触れますよ」 「ええ。……でも、遺跡に落ちていたこの像が、僕に語りかけてきたんです」 「語りかけてきた?」 「お前の体をもらうぞって!」  黒シャツ男は急に立ち上がり、教授に飛びかかった。そしてペンダントを首から引きちぎり、思いきり遠くに投げた。ペンダントは俺の真横を通り、後ろの壁にめり込んだ。  黒シャツ男は、黒い煙のようなものに包まれたと思うと、その煙が蛇のように伸びて、教授の首に巻き付いた。教室に悲鳴が響くが、何本もの黒い煙の蛇がいっせいに伸びて、全員の首を絞めあげた。……俺を除いて。  なぜ俺だけ襲ってこないんだ?  首を絞められて苦しそうな教授が、絞り出すような声で俺に言った。 「ペ……ペンダントを握って、光の神の名を唱えるんだ……」  俺は後ろの壁まで下がっていたから、顔のすぐ横の壁にペンダントが食い込んでいた。これが近くにあるから攻撃できないのか?  男は何本もの長く黒い煙で皆を縛りあげたまま近づいてくる。俺は壁に食い込んだペンダントを取り、男のほうに突き出した。 「神の名……ラペ……ラペ……覚えてない!」  そうだ、テキストに書いてある! だが男はすでに目の前におり、机に置いてあるテキストには手が届かない。……万事休す。もうおしまいだ。助けて神様仏様!  そうだ……この前バアちゃんがくれた神社のお守りが財布に。俺は急いでお守りを取り出し、ペンダントとともに握りしめた。 「南無阿弥陀仏!」  そう叫ぶと、ペンダントから眩しい光が一気に広がり、黒い煙が一瞬で消えた。そして男が持っていた闇の神の石像が真っ二つに割れた。みんな解き放たれ、無事なようだ。  神社のお守りに南無阿弥陀仏。とっさに神と仏を混同した、いい加減な俺の願いに応えて、異国の神様は助けてくれた。なんと心の広い神様なのだろう。光の神、絶対に名前覚えよう。俺はテキストを手に取った。 「ラペァ……ヌォ、ラペ……ラペ……」  〈了〉
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