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「いや、リゾートに行くわけではないんだが」 「知ってますよう。でも、それ以外に選択肢はないです。指定席券も経費に含めて大丈夫ですよ!」  そこは心配していないが、と言いながら、山科楓は時刻表と路線図を眺めた。  ……確かに、他に選択肢はなさそうだ。30minないしは1hに1本の運行状況では仕方がない。リゾートの名を冠した快速列車を旅程に加える。主な公共交通機関たる鉄道はインフラだが、この頻度と走行距離からして、おそらく黒字化は難しいだろう。こんな路線を抱える地方に資本主義は無情だ。 「それをリゾートとはね……N駅まででいいかな?」 「あ、東N駅にしてください。そっちの方がうちには近いです」  そうなのか、と改めて地図を見ると、目的地のひとつ前の駅は、妙な路線図を描いている。これは…… 「は? スイッチバック?」  楓の言に、通話の相手、卒業生の加納が「あはは」と笑い声を立てた。 「そうなんですよ。そこで方向転換しはるんで、寝過ごす心配はないです」 「まじか。登山鉄道以外で初めて見るな」 「あー、そうですか。せやったら、貴重な経験が2回できますよ」 「はっ?」 「ま、来はったらわかります。気を付けていらして下さい」  なんだそれは、と楓が思っているうちに、加納が「さいなら」と通話を切った。 (しかしまあ、こんなところに鉄道を通してくれるとは、感心を通り越して畏怖に値するな。)  と、Webサイトに出てくる路線の風景に感服する楓である。もちろん被写体としての興味も大きいが、彼と付き合ううち、立派にノリテツとしての素養も育っている。  正直、仕事とは別に楽しみだった。いつか、彼のオフシーズンか……引退後か……旅に出るのも良いのではないか。  そんな殆ど物見遊山な心持ちで、早春の出張予定を立てた楓だった。
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