北の街

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北の街

 の、つもりだったのだが。 「寒いな!?」  東N駅に降り立った楓は、迎えに来てくれた加納にまずそう言っていた。 「そりゃそうですよう、冬ですから」  のほほんと加納は答えるが、3月初旬は春の部類ではないのか、と抗弁してみた。 「東京は来週桜が咲くぞ?」 「ここで咲くのはGWあたりやないですか」  OH…!  と、無駄なリアクションをしてから、楓は改めて周囲を見渡した。白から浅縹色のグラデーションの空は玻璃のようで、思わず目を細めた。冬の日本海は柔らかに晴れ渡る日が殆どなく、こんなに良い天気の日は久しぶりだ、とは加納の談だ。それなりに春が近付いている、ということだろうか。  そして見事に何も無い。空も広いが、そもそも視界に収まるものが少ない。駅前がこの空洞でいいものなのだろうか? と呆然としていると、「センセ、都会っ子ですもんねえ」と加納は笑う。 「街の機能は鉄道やのうて、国道とか高速とか道路の方に集中しはります。地方の宿命ですねえ」  マクドもそっちにはありますよ、と軽口をたたく青年に頷くしかない。資本主義では人口に比例して地方の交通インフラは脆弱化し、車社会になるものだ。 「でも鉄道としてはこの駅、非常に重要なんです!」  と加納が力説するのも訳がある。件のリゾート快速列車、本来の起点はこの駅であり、奥羽本線と五能線の両線が乗り入れている場所でもある。そして、ノリテツたち垂涎といえば、 「転車台なんて、もうそうそうないですよう」 「まだ現役なのか…!」  楓は加納と連れ立って、ただの空き地に見える線路脇の転車台を眺めた。転車台とは、車両の方向転換を行う装置、というとシステマティックに聞こえるが、平たく言えば機関車や自動車を載せて回るテーブルだ。多くは運転台が一方にしかない機関車をぐるんと回すために使われていた。前と後ろ、二方向に運転台を設ける車両が主流になった現代では、もうなかなか見ることもない。  東N駅にあるJR東統括センターの端、その姿は威風堂々、とはいかず、ひっそりと佇んでいた。もう季節運行のSL用にしか使われないそうだが、十二分に高揚する。楓も転車台は梅小路のデモンストレーションでしか見たことがないので、実用される姿は憧れである。鉄道ファン以外には忘れ去られたその風情にも、むしろ味があった。楓の贔屓目だ。  さて、この駅に転車台が存在し、方向転換がされる場所ということは。 「そうだ、わかったぞスイッチバック2回!」 「あー、どうでした、こまち」  秋田新幹線は始発終着の秋田駅の大曲駅でスイッチバックを行う。配線の都合ということだが、ひと区間ながら超特急で進行方向を変えるなど、掛かる手間を考えると衝撃的だ。とはいえ、最後のひと区間は居住地域側を通る区間が長く、速度は出ないし、わざわざ座席の向きを直すのも面倒という乗客も多い。 「あの路線に新幹線を通すのは根性だろ、悲願だったのも分かるな。所要時間で云えば空路が速いが、陸路の手軽さには代えがたいからな」 「なんだかんだ言うて、便利ですからねえ、新幹線」  超特急感はなかったが、ミニ新幹線特有の在来線に近い風景は旅情があって好ましかった。  今回、楓は別件と帰省を兼ねて東京を経由し、東北新幹線を使用したが、本来、京都から秋田への移動であれば空路もある。陸路も以前は特急寝台特急日本海が日本海側ルートをカバーしていたが、ブルレイ廃止の潮流で絶えてしまった。日本海からの風景は、奥羽山脈を通るこまちとはまったく違っていただろう。  間に合わなかったという感覚を抱いて、楓はスタート地点だというのに喪失感を味わってしまった。これではいけない、と頭を振って、加納の車に乗り込んだ。
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