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黒猫
一瞬、迷ってから、楓は黒猫のアイコンをダブルクリックする。
と、ブウン、と低い音と共に、別のマシンの起動音がする。正面のモニタ以外にも、ふっと電源が入る。画面いっぱいに開いたウィンドに、黒いバックに白い"MAKOTO"の文字が出る。
はっとする三人の前で、画面は切り替わる。
デスク周りの幾つものモニタに、同じ顔が映っている。
白い顔と、黒く短い髪と、赤い唇、猫のような瞳の。
「ふるや!」
「やあ、山科、久しぶりだね」
モニタの向こうに映る彼女は、あまりに自然に微笑んだ。
「それに深町と、そっちは……加納君、かな? そうか、山科のところで学生さんだったんだっけ」
歌うようになぞるその言葉も、鈴が転がるような声も、まるで実物のように。いや、本当に何処か別の場所に居る古谷とネットで繋がっているだけではないか、と疑ったが、楓はそこで気付いた。
古谷の背景だ。大小のシェルフ、大きなテーブル、窓のない部屋。
”この部屋”だ。
「お、気付いたね。そうだよ、その部屋に居る”私”から再現したアバターだ。好い出来だろう?」
そういう口調も表情も、何もかも。
楓はもう一度、深く息を吸い、腹に力を入れた。
「久しぶりだな。それにしても、随分な変わり様だし、あんまりな歓迎セレモニーだな」
楓の嫌味に、”彼女”はひょいと肩をすくめた。
「悪かったよ。こんなに早く事態が動くとは思わなかった……は嘘だね、そうでもない」
あの家とあの男は、僕らが思っているより狂っていた。
そう、囁くように呟いた。
その言葉に、深町の身体に力が入るのが分かる。ちらりと横目で見れば、酷く厳しいキャプテンの横顔があった。楓は彼を制すように手を上げる。
「古谷、念のために訊くが、一昨日の事故はこの件とは無関係なのか?」
それには彼女は片眉を上げ、ちらりとこちらを見上げるようにする。昔、よく見た顔だ。本当に……素晴らしい再現度と云っていい。ツクリモノであれば、余計に。
「無関係だよ。というか、本当に残念だ。これでしばらく真空燃焼実験が出来ないから、H3ロケット開発のスケジュールに影響が出る。実に悔しい」
その言葉には嘘はないだろう。であれば。
「それなら、このタイミングなのは偶然なのか?」
「そうだよ。まったくの偶然で……でも、こんな機会は二度とない。少し早いけど、実行することにしたんだ」
なにを?
「君たちに、会ってから……直接ヒントを、と思ってたんだけど、要らなかったね。さすが山科と深町だ」
ぱちぱちとにこやかに拍手する彼女に、何を言えばいいのだろう。
彼女に、何をしてやれただろう。
「山科、ちがうよ」
それは違う、と彼女はやはり微笑んだ。
「君が何をしても、どう答えても、何も変わらなかったよ。どうしようもない……深町、君もだ」
はっ、と、改めて深町に顔を向ければ、あまりに悲愴な貌が見て取れる。自分も、同じ様な表情をしているのかも知れない。
「どうして、俺達だったんだ?」
深町の静かな声は、それでもこの空虚な部屋によく響いた。
「……それも偶然だったんだ。時間は、それほど残っていなかったし、どうしてもということもなかったけど。でも、深町がこの街に帰ってくると聞いて、最後に頼みたいことがあってさ」
たのみごと?
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