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一晩経ったような気さえしたが、おそらく30分にも満たない時間だっただろう。
機器の駆動音が消えた部屋は、ひどく虚ろに思えた。
楓は天井を仰いで6秒、数えてから、改めてゆっくりと部屋の中を見渡した。あれだけあった古谷の気配はもう、ない。
後ろで、加納が座り込んだのが分かった。鼻をすする音がする。辛い場面に付き合わせてしまったな、と、楓はそこだけは後悔した。
不意に、空気が動いて、楓は横を向く。
深町がじっと手にしたボールを見詰めていた。
「……松本、は、うちのWエースの片割れで」
深町の言葉に、楓は「ああ」と頷いた。彼女に顔のいい男は嫌いだと言われたという、当時のエース。
「生徒会長もやってました。卒業式の答辞、古谷にダメ出しされてたな……」
そこで、彼の手からボールが滑り落ち、ボン、と鈍い音を立てた。弾まないまま、転がった。
彼女の伝言を”松本”が聞くことは、たぶんない。
ただそれは、彼女も解っていることだろう。
「ばかやろう」
初めて聞く深町の揺れる声に、楓はもう一度、天井を見上げた。空が見えないのがもどかしかった。
あの、厚い鼠色の雲に覆われた空でも、ここよりずっと広くて豊かなのに。
古谷、こんな部屋に居るから、
逃げ出すことしか選べなかったんじゃないのか、と。
やはり声に出さずに呟いて、楓は主を失ったこの部屋が閉じていく音を聞いた。
冬が、終わろうとしている。
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