said,Gabriel

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 顔を覗き込むフレデリックが、首を傾げてみせる。それはまるで、これからキスでもしようというかのような体勢でもあった。  ――っ、勘弁してくれよ……。  力尽くで、脱出する事は可能だろうか。フレデリックの身長は百九十一センチ。対するガブリエルは百八十九センチ。身長差は僅かなものだ。上手くすれば逃げ出せる可能性はあるだろう。  が、ガブリエルが僅かに重心を落とした瞬間に、フレデリックの大きな手が喉へと掛けられた。 「ッ……」 「隙を見せるなんてキミらしくないね。それとも、逃げ出せるとでも思ったのかな?」  おかしそうに笑みを浮かべるフレデリックには、やはり勝てる気がしない。 「降参です。聞きたい事には答えますから、解放してください」 「どうしようかな。このまま聞いてあげても、僕は良いんだけれど」  どうやら解放してくれる気のないらしいフレデリックを、ガブリエルは困った顔で見つめた。 「……冷蔵庫にケーキがあるんですよ。良かったら食べませんか」  ケーキは、フレデリックの大好物である。そんなもので釣らなければならないことは些か悔しくもあるが、背に腹は替えられなかった。 「ケーキ?」 「はい。ホールで」  全部差し上げますと視線で訴えれば、フレデリックは破顔した。首元に添えられていた腕が下がり、そっと息を吐く。  リビングルームを物珍しげに眺めていたフレデリックは、ガブリエルがケーキをテーブルに置けば椅子へと大人しく腰を下ろした。  箱から出しただけのホールケーキに、フォークを添える。 「今コーヒーを淹れます。それとも、紅茶が良いのかな」 「コーヒーで構わないよ。ハーヴィーよりも美味しい紅茶をキミが淹れられるというなら、話は別だけどね」  さらりと告げられた英国人の名に、ガブリエルは首を振った。要求値がいちいち高いのだ、この男は。 「大人しくコーヒーで我慢していただきましょう」 「それが良いね」  既にフォークを口に運んでいるフレデリックが、上機嫌に頷いた。その背中を蹴り飛ばせるものなら蹴り飛ばしてみたい。たとえ無謀だと分かっていても、そう思わずにはいられなかった。  代わりに、ミルをゴリゴリと回す。 「そういえば、ロランに振られたとか聞こえたけれど」 「まあ、今のところは」 「勝算はあるのかな」 「なければ、最初から手は出さないでしょう」  まさしく世間話といったていで話しかけてくるフレデリックへと、ガブリエルはただ淡々と応えた。これ以上、興味を引いても面倒が増えるだけだと知っている。 「最初から狙っていたにしては、キスひとつで狼狽えていたようじゃないか」 「……いったい誰から聞いたんです?」 「ヴァルから」  なるほどと、そう思った。ヴァレリーがロランの行動を見ていたとしても、おかしくはない。  ――事が確定したら、彼には挨拶くらいしないとね。  恋人が出来たとはいえ、未だロランへの未練がありそうな男の顔を思い浮かべ、ガブリエルは今後の予定を決めた。 「ヴァルにご挨拶は良いけれど、せいぜい返り討ちに遭わないようにね。せっかく折った鼻っ柱を復活させられても癪だからね」 「いつも思うんですが、父上はエスパーか何かなのかな」 「ただの推測だよ。これくらい誰でも出来るだろう?」 「……そういう認識が方々(ほうぼう)に敵を作るという訳だね」  言いながら淹れたてのコーヒーを目の前に置けば、フレデリックは軽く鼻で笑い飛ばした。 「可愛げのない嫉妬は要らないよ」 「俺に可愛らしさを求めていたとは驚きです」 「僕が減らず口を求めていない事は確かだね」  カップの縁から覗く碧い瞳が、そろそろその口を閉じろと告げているようだった。 「それで? 話を戻すけれど、ロランとはどうするつもりでいるのかな」 「どうもこうも、俺の片想いですよ。いつまでかは分からないけれど」
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