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海沿いの道を抜け、市街地中央から山間部へと入る手前にその店はあった。地元客を相手にした小さなカフェは、知っている者でなければ店だと気づかずに通り過ぎるだろう。
ガブリエルが店内に足を踏み入れれば、マスターが軽く手をあげる。運よく、他に客はいないようだった。
「やあマスター、ご無沙汰だね」
「お久し振りですね」
「いつものくれる? それと、今日は依頼があって」
カウンター席へと陣取ったガブリエルは、ロランの写真をテーブルの上に差し出した。
「ロラン・マルブランシュ。コルス出身って聞いてるけれど、調べられる?」
「まあ、やってみましょう」
「因みにその子、ファミリーのメンバーだから気をつけてね」
「……また、厄介なものを持ち込んでくれますねぇ」
呆れたように笑いながらも、マスターは写真を胸元へと仕舞い込んだ。話をしながらも手を動かすマスターの手元から、コーヒーの良い香りが漂ってくる。
「それじゃ、これ前金ね」
差し出されたカップとトレードするかのように、ガブリエルは僅かに厚みのある封筒をカウンターに置いた。と、ちょうどその時、大学生らしき二人組が店のドアを開けて入ってくる。
「こんにちはー」
「やってます?」
「ええ、どうぞ。テーブル席へお掛けください」
店の入口からカウンターへと視線を戻した時にはもう、封筒はきれいさっぱり消え失せていた。
メニューを眺める客を横目に、濃いコーヒーを一気に煽る。空になったカップをカウンターに置いて、ガブリエルは立ち上がった。
「ご馳走様。またね、マスター」
「はい。またお待ちしてます」
穏やかな声を背中に受けながら、ガブリエルは店を後にした。愛車に寄り掛かり、スマートフォンを取り出す。呼び出した先は、ファミリーのボスであるクリストファーだった。
『何の用だ?』
開口一番聞こえてきた声はそっけなかったが、まあいつもの事である。
「ちょっと、クリスに相談したい事があって」
『相談? ロランとのことなら俺じゃなくフレッドにしろ。お門違いだ』
「こういう事は、先ずボスに筋を通さないと、でしょ?」
困ったように言いながら、ガブリエルは内心で舌を巻いた。
――あっさり見抜かれてるんだもんなぁ。ほんと参る。
とはいえど、ガブリエルが仕事以外でクリストファーに相談する事など皆無だ。バスティアでの打ち上げで、ガブリエルとロランは最後までクリストファーの席に居たのだから、見抜かれていても不思議はなかった。
『お前の下の事情までは俺の管轄じゃあない。色恋だっていうなら尚更な。相談はパパにしろ』
そう言って、通話は一方的に切られた。
――下の事情ってさぁ、少しは言い方考えろっての。
画面の消えたスマートフォンを僅かな間眺めたガブリエルは、小さく息を吐いた。クリストファーの言い方からすれば、どうやら相手がロランであるということは、問題ないらしい。
――やれやれ、やっぱり最難関は父上ということかな、これは。
フレデリック・ヴァンサン。ガブリエルの養父であり、ファミリーのアンダーボスだ。
フレデリックの性格を思えば、本音はどうあれ揶揄われることは必至である。まして相手が同じファミリーともなればなおの事だ。
――うーん。とりあえず、ロランの意思を確認してからにしておこう……。
そもそもお互いパートナーとして付き合っていくかどうかも決まってはいない。一夜限りの過ちならそれでも良かったし、付き合うにしてもセックスフレンドという選択肢もなくはない。
再び市街地へと戻り、軽く食事を摂ったガブリエルは、丘の上にある公園へと車体を向けた。
ニースの市街地と、青い海を一望できる公園は、だがあまり人が居なかった。というのも、この公園は自殺のスポットとして地元では有名だからだ。丘を振り返れば、昼間だというのに鬱蒼と茂った木々がどこか影を落とす。
――まあ、自殺というか、殺人だよね。
ここで発見された死人のうち、何人かには心当たりがあるガブリエルである。
――外で一人になりたい時は、最高の場所だけどね。
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