said,Gabriel

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 ――まあ、そう簡単に良い返事が聞けるとは思ってなかったけどさ。それにしても頑なすぎないか?  帰り道、愛車を走らせながらロランの態度を思い返して、ガブリエルは溜息を吐いた。  ――明らかに好きなくせに、どうして素直に言えないかなぁ。  ヴァレリーといいロランといい、年齢なんてつまらないものにこだわる気持ちが分からない。そう思ってはまた、ガブリエルは溜息を吐いた。いい加減、溜息でシールドが曇りそうである。  自宅のマンションへと辿り着いたガブリエルは、いつものスペースへと愛車を停めた。ヘルメットを手にエレベーターへと乗り込む。上昇する箱の中で、くるくるとヘルメットを弄ぶ。  ロランの態度を見る限り、嫌いである筈はない。一夜限りで終わっていれば、それはそれでロランにとっては良かったのかも知れないが。 「残念だけど、逃す気ないからね」  密室の中で呟かれたそれは、まさに宣言に他ならなかった。  ロランの態度がもっと冷めたものであったなら、ガブリエルもそこまで言い募ろうとは思わなかった。けれど、明らかに未練を残しながら、意地で付き合わないというのならば話は別だ。  ――せっかく付き合っても良いかと思えた相手が出来たのに、只で逃すかよ。  恋愛感情であるのかどうかは、正直なところ分からない。ただ、付き合ってみたいと思った。否、手に入れたいと、そう思ったのだ。  ――ロランとの時間は、居心地もいいしね。  その場所を、自分のものにしたい。これまで思ったこともない感情だった。  軽やかな音が目的のフロアへの到着を告げて扉が開く。そのすぐ先に、不意に感じた違和感にガブリエルは密室の中を飛び退った。ガツンと、背中が壁に当たる。危険だと、そう感じたのだ。  だが、同時に投げつけたヘルメットは、あっさりと不審者に受け止められた。 「危ないなぁ。急にこんなものを投げつけてくるなんて、酷い息子だよキミは」 「父上……」  そう。扉の先に立っていたのは、他でもない養父のフレデリックだった。思い切り投げつけたヘルメットも、片手で危なげもなく受け止められては堪らない。  ふわりと投げ返されたヘルメットをキャッチして、ガブリエルは首を振った。 「どうしてここに?」 「理由は、キミが良く知っていると思うけど?」 「クリス、ですか」 「残念。キミとロランが仲良くなった事は、一週間前から知っているよ」  さらりと告げられた言葉が真実である事は、想像に難くない。 「立ち話もなんですし、部屋に入りませんか? 父上。コーヒーくらいは出しますよ」 「そうしようかな」  さして乗り気でもなさそうに呟いて、フレデリックは大きな躰を横にずらした。隙もない男の前を通り過ぎるだけで、全身に緊張が走る。 「待ち伏せなんて物騒な真似はよしてください。心臓に悪いでしょう?」 「キミが色恋にうつつを抜かして、気を抜いていないかと思ってね」 「でも、残念ながら振られて帰ってきた所です」 「へえ?」  僅かに感情のこもった声を上げるフレデリックに、ガブリエルは肩を竦めた。  ――本当に、この人は……。  とはいえど、どれだけ腹を立てたところでガブリエルがフレデリックに歯向かえる筈もなかった。  玄関のドアを開けて、フレデリックを通す。後ろ手に鍵を閉めた瞬間、大きな音とともにガブリエルは伸ばされたフレデリックの腕に囲われていた。  ――参ったな。こんなに肝の冷える壁ドンは初めてだ。  碧い瞳に間近に覗き込まれる事は、まあ慣れてはいる。 「遊びが過ぎますよ、父上。いったい何の真似ですか」 「昔は怯えてくれたのに……」 「今でも充分怯えてるんで、早く解放してください」  半ば本気で言えば、フレデリックはもっと顔を寄せてくる。今にも唇が触れそうな距離に、ガブリエルはドアへと背中を貼り付けた。 「冗談はいい加減に……」 「ロランは、可愛かった?」 「は……?」
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