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said,Gabriel
それは、魔が差したとでも言うのだろうか。打ち上げの後部屋で飲み直し、そのまま朝を迎えたガブリエル・ヴァンサンは、すやすやと眠る男を腕に抱いたまま目を覚ました。
相手の名はロラン・マルブランシュ。同じ組織に所属するフランスマフィアだ。但し、ガブリエルよりふたまわりも年上の。
――寝顔、案外可愛いじゃん。……とか、考えてる場合じゃないんだよなぁ。どうしよ、これ。
思わず頭を抱えたい気分に駆られ、ガブリエルはひとり項垂れた。
【天使は司祭と奈落に堕ちる】
バスティアでの打ち上げから一週間。今後どうロランと接するべきかと悩んだ割に、ガブリエルが本人と顔を合わせる機会はなかった。そもそも怪我でもしない限り、ロランと関わることは稀だ。普段どこに居るのかさえも知らない。
これといってするべき事もなく、ガブリエルは自宅のソファへと躰を預けた。見るともなく天井を眺める。
――このままじゃ、拙いよなぁ。
後悔は、していない。そもそも他人を抱いていおいて後悔するなど、相手に対して失礼すぎる。否、抱き潰したと言っても過言ではないというのに、後悔などあるはずもない。
『っガブリエル……あなたを、ください…』
先日のロランの媚態が脳裏に焼き付いて離れない。同性の、しかもふたまわりも年上を相手に歯止めが利かなくなろうとは、ガブリエル自身思いもしなかった。いやむしろ、時間が経ってまで思い出すこと自体が初めての経験だ。
年上であることは、まあいい。これまでも年上の女性との経験はあったし、何より嫌いではない。だが、同性で、ファミリーのメンバーであるというのは些か問題かもしれない。
あの日、目を覚ましたロランの様子は、これといって変わったところはなかったように思う。ロランの性格を考えれば、ガブリエルから話題を持ち出さない限り何も言ってはこないだろう。
――参ったな……。
とはいえど、このまま何もなかったかのように時が過ぎるのを待つ訳にもいかない。ひと時の過ちにするにせよ、今後を考えるにせよ、話し合う機会が必要だった。
少し手を動かせば、スマートフォンの無機質な感触が指に当たる。
――ロランは、どう思ってるんだろ。
あの日、あの場所に居た幹部の殆どはパートナーを連れていた。そんな中で、特定のパートナーをもたないロランとガブリエルは余暇をともに楽しんだ。ただ、それだけの事ではある。が、それでも気になるものは気になるのだ。仕方がない。
スマートフォンを取りあげ、アドレスからロランの名前を選び出す。コールは、すぐに繋がった。
『はい』
「あ、ロラン? ガブリエルだけど」
『はい。如何なさいましたか?』
「今日この後、何か予定ある?」
『この後は……十八時以降であれば空いていますよ。お怪我をされたという事であれば、すぐに参りますが』
「いや、怪我とかはしてないから。それじゃあ十八時にまた連絡する。じゃあね」
用件だけを告げ、ガブリエルは電話を切った。十八時まではまだ時間がある。その前に、ロランの事を少し調べておこうと思った。
――医者って事は、わかってるけどさ……。
ロランについて、ガブリエルが知っている事はあまりにも少ない。医者である事と、コルス島出身で、同じくコルスのファミリーのボス、ヴァレリーとは幼馴染。それと昔付き合っていたという事。性格は穏やかだが、したたかで強引な一面もある。身長は百七十程度だろうか。
動きやすい服と、ライダースジャケットを羽織る。フルフェイスのヘルメットを手にガブリエルは自宅を後にした。
地下の駐車スペースに停められた愛車、Ninja1000SXは、日本での留学中にひとめ惚れしたものだ。
フランスの場合、大型二輪のライセンスであるカテゴリーAは二十歳以上でないと取得できないが、日本では十八歳で大型自動二輪の免許を取得することが出来る。日本語での講習は勉強にもなったし、ガブリエルにとっては良い思い出だ。
自宅を出たガブリエルは、先ずニースの市街地へと向かった。平日の午後、あちこちに観光客の姿が目に付く。
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