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朝、目が覚めて隣に目をやる。 キィさんがいないと気付き、 先に帰ったんだとガッカリした。 「起こしてくれたら良かったのに…」 誰も居ない部屋でポツリと溢す。 昨日は1人にさせたくないとか言ってくれたのに…。 所詮 僕はセフレだからしょうがないか…。 昨日の余韻もあり身体がだるい。 少しボゥーとする頭でベッドの上で膝を抱えていたら、ドアの開く音がした。 「あ、起きたんだ。おはよ…」 「あ……っ」 その方向に顔をやると、キィさんがバスルームから姿を表した。 バスローブ姿で少し髪が濡れていて、髪を掻き分ける仕草が色っぽく感じられた。 それに、キィさんを見た瞬間、ホッとした自分に内心 苦笑いした。 僕が膝を抱えて起きてるのを見て、キィさんが慌てたようにベッドに寄って来た。 「ユウくん具合悪い?大丈夫?」 ベッドに腰かけて、僕の顔を覗き込んでくる。 「おはようございます。キィさん、大丈夫ですよ。じゃあ僕もシャワーしてきます」 ベッドから降りて、バスルームに行こうと歩き出そうとしたら、腕を掴まれた。 「……いち…」 ボソッと言われて、掴まれた左手と、ベッドに座っているキィさんを見下ろす。 「――え?」 「喜一。俺の名前、安堂 喜一。喜一って呼んで。 漢字で書くと……、これ」 僕の腕を離し、サイドテーブルの上にあったメモ用紙に、名前を書いていた。 達筆なきれいな文字。 漢字で「安堂 喜一」と、書いて渡してくれた。 「……ユウくんは?名前、…聞いても いいか?」 喜一さんが緊張してるのがわかった。 ドキドキしながら、そのメモ用紙を受け取り、喜一さんの本名が分かって、嬉しくて思わず笑みが溢れた。 僕も喜一さんのように、サイドテーブルに向かって名前を書いた。 「松山 悠です。キィさん、いえ、喜一さん」 「……悠(ゆう)…くん?」 「はい、そうです。呼び捨てで、構いませんよ?」 「ユウくんはそのまま悠くんだったんだな。―――悠…」 見上げた喜一さんは、柔らかな笑みを僕に向けた。 その瞬間、僕の胸は高鳴った。 これが、恋だと言うのなら、そうなのかもしれない。 だけど―――… 僕は自分のこの気持ちを気付かない振りをした。 だって、余りにも早すぎるだろう? 別れたばかりなのに――――… それなのに―――… 『今夜も会える?』 帰り際、喜一さんが照れ臭そうに、そう呟いたから、僕も赤い顔して、縦に頷いた。
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