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泣いてから少し落ち着いた。
冷静にもなれた。
出て行くにしても部屋を探さないといけない。
でも、まだ離れたくない。
知らない振りをしようと決めた。
だって、僕は目の前で浮気を見た訳ではないのだから。
楓から別れようと言われていないのだから。
そんな言い訳を自分自身にしている。
だけど――…
思い返すとこんな長い夜を、
この部屋で 一人きりで過ごす事が多くなったのはいつからだろう?
1人で寝るには広すぎるベッド。
寒くて 寂しくて 人肌恋しくて、
帰らぬ恋人 楓をただひたすら
この部屋で、このベッドで、体を丸めて、ただ待ち続けるだけのこんな事を、いつまで続ければいいんだろう。
自問自答するのは何回目だろう?
悶々としながら朝を迎えた。
朝帰りした楓に僕は笑顔を向けていた。
「おかえり」
少し驚いている楓だったけど
「…ただいま、ごめん。残業ついでに同僚と飲みに行って、飲みすぎてその同僚の家に泊まって来た。充電切れたから連絡できなかったんだ。連絡しなくてごめんな?」
――――嘘つき
そんな嘘つかなくてもいいのに。
浮気してホテルに居たくせに
昨日は記念日だったのに―――
その言葉を飲み込んで、僕は言う。
「しょうがないな、今度はちゃんと連絡して?」
「ああ、本当にごめんな?悠…」
そう言って楓は、僕を何事もなかったように引き寄せ、昨日が何の日かを忘れて抱き締めた。
昨日は僕たちの記念日だったというのに、さっきまで抱き締めていたのは、違う人だったんだろう?
それでも僕は甘んじて受け入れる。
聞き分け良く、笑顔を向けるのは
彼を失いたくないから―――…
どんなに浮気をされても
どんなに傷つけられても
それでも僕は、楓の側に居たかったから。
そうやってまた自分の心に嘘をつく事になるけれど――――…。
僕が彼に向けるのは、笑顔だけ
「お腹空いてない?昨日のあるから一緒に食べよ?今日、休みでしょう?映画観たいのがあるんだ。行こう?」
「ああ、そうだな。行こうか」
楓が最後に帰って来るのは、僕の所なんだと自分自身に言い聞かせる。
まだ、大丈夫だと―――…
楓から別れを告げられる事は
まだないと―――――…
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