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紀子の部屋
警察庁祓魔課B級祓魔官、市立狐魂堂学園高校2年F組の田所紀子は、国辱夫婦のインチキめいたインタビューを消して、ベッドに寝転んだ。
それにしても、嫌なタイミングですっぱ抜かれたわね。小鳥遊の奴に。
田所紀子は、実は皇太子誠仁親王の娘である。
紀子を引き取った田所穣二侍従次長の娘が、乳幼児突然死症候群で亡くなり、同時に占術で、百鬼を纏う卦が出たこともあり、皇女として御所で暮らすより、稲荷山トキの息のかかった環境ですごした方がいいと判断された。
まあ合ってたのよねえ。その辺の事情も。っていうか何故知ってた?私の過去を。
影新聞でスクープされてから、私の生活は、大きく変わりつつあった。
えー――あ?田所――殿?ああいや、田所さん。
なんか、教師もクラスメイトも、針の筵というか、腫れ物というか、どう接すればいいの?それ、ホントってことにしてもいいの?っていう態度が目立ってたし。
ただ、こうなってしまうと、また別の問題が。
親王の嫡子が皇女ってのは、政治的に不味いらしいのよね。
女性帝って、推古天皇くらいしか、歴史になかったのは知ってるし。
皇家を継ぐのは嫡男だけって、皇室典範に書いてあるんだもの。馬鹿じゃないの?日本のおっさん共は。
はーい。私歩く皇室問題の誕生でーす。って、言いふらせないものそのくらいの忖度はまあ。
面倒だから、別の宮の男の子でもいいじゃんか。ってチラッと思ったわよ?
父親の弟の子は、普通に男の子だし。
で?私は祓魔官?皇室の仕事の殆どに適性あるのに?それでいいの?ってなるんだ。
色んな人の思惑が、凄い乗っかって、私、真っ直ぐ歩けてます?ってなってる。
っていうか、学校の動きは凄く速かったのよね?おっさんの意があったからなのか。
まるで、寮と校舎は抜本的に霊的にトリートメントされて、どっかの神社?ってレベルになってるし。もう少しで伊勢神宮になりそうよね。
その時、大きな何かが、ガリガリと扉を引っ掻く音がした。
ハイレバー型のノブが、ガチャって音を立てて、大きな生き物が入ってきていた。
ポフ、ポフって床を歩く肉球の音が可愛い。
ヘッヘッっていう犬のような息づかいが聞こえる。
現れたのは、A級祓魔官風間静也の半身、風獣のムクだった。
いつものことだった。常にどこかに吹き流れていく風精が、何故ここまで私に懐き、ベッドにまで入ってくるようになったのは謎だ。
ここまでムクが気を許すのは、静也と私、そして、勘解由小路莉里だけだった。
他の人間が近付くと、噛まれそうになるのよね。
ボフッと、ベッドに飛び上がったので、私はスペースを空けた。
私は、ぬいぐるみみたいに、ムクに抱きついた。
あー、ムク暖かい。あれ?あんた、いい匂いするわね?
静也、シャンプーしたのね?東武動物公園みたいに。
あー、お休みー。ムクー。
ムクは、自分の体を抱き枕にして眠ってしまった少女を、守るようでもあり、甘えているようにも見えた。
ムクは、この少女を、自身の飼い主であると認識していた。
だから、完全に眠った少女が、自分を首相撲の状態で、ボフ、ボフと膝をぶち込まれても、一切抗おうとはしなかった。
あえて、ムクの精神を翻訳した場合、
オレサマイタイ。マイバンマイバン。デモ、ガ、ガマン。
この飼い主は、恐らく何がしかの抑圧を受けている。
シズヤ、ナントカ、シロ。オレサマノナイゾウ、モウ、モタナイ。
的確に、そして執拗に、少女の膝はムクの肝臓を精密に捉えていた。
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