1.私は冷蔵庫になりたい

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1.私は冷蔵庫になりたい

 私は冷蔵庫になりたい。  ときどき、そんなことを思う。  冷たい扉に手を触れ、私はとある映画を思い出していた。  その映画の冒頭で、祖母を亡くしてから眠れなくなってしまった主人公が、どこが一番眠れるかを探す。あちこちで寝てみて冷蔵庫の傍が一番眠れることに彼女は気づく。  彼女にとって冷蔵庫はおそらく良き日々の思い出自体であり、また生きることの象徴だったのかもしれない。  では、私にとっての冷蔵庫とはなんだろう。  食料貯蔵庫以上の意味は多分ない。でも、そのただの食料貯蔵庫としての冷蔵庫に私は憧れを感じてしまっている。  なぜなら私は、冷蔵庫のように、なにも感じない人間になりたいからだ。  冷たい塊をいくつも抱いて、ただ静かに蹲る存在に。  そう思ってしまう理由は自分でもわかっている。  私が、どうしようもなく孤独だからだろう。  といっても、私は映画の中の彼女のように、誰かを亡くしたわけじゃない。  私には家族がいる。妹が一人。両親も健在。恋人はいないけれど、ときどきご飯を食べながら愚痴をこぼしあう友達は何人かいる。会社に行けば一緒に弁当を広げる同僚くらいはいる。  それのどこが孤独なの?と思われるかもしれない。  でも、私はいつも一人だと思う。  理由はわからない。わからないけれどいつもなぜだか違うと思ってしまう。  人と自分では自身を動かす歯車が違う、とでも言えばいいだろうか。  皆が笑っている。その笑っているタイミングで私も笑う。  でも心の奧はいつもかさついている。  笑いたいから笑っているというよりは笑った方が適切だから笑っている、という感じ。  面白くもない。悲しくもない。  でも笑わなければ、悲しまなければ。皆と同じように。  そう思う気持ちが私の表情筋を動かす。  だからか私は優しい人と言われる。人の気持ちがわかる優しい人と。  決して優しくなんてないのに。  私はただ、合わせているだけ。そう、まるでコピーするみたいに、目の前の誰かの表情を顔に写し取っているだけ。  そんなだから、私は一人だっていつも思う。  映画の中の彼女と、私は違うものだ。でもあの映画の中の彼女の気持ちが少し、わかると思ってしまう。  なにも変わらず、ただそこにいる冷蔵庫。  ここでなら私は顔を作らないでいられる。  笑いたくもないのに笑わなければならない、そんな世界を忘れられる。  一人暮らし用の小さな白い冷蔵庫のドアにもたれて私は目を閉じる。ひんやりとしたドアを後ろ手でそっと撫でながら。  手のひらを冷やす、心地よい感触が眠気を誘う。冷蔵庫の固い胸板に頭を預け、私はうつらうつらする・・・・。
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