角山(ウパ山)流星の秘密の恋 後編

1/1
2人が本棚に入れています
本棚に追加
/2ページ

角山(ウパ山)流星の秘密の恋 後編

 私はウパ山先生の顔を見つめる。  じっと私を見る茶色と黒のきらきらな瞳は、くすみのない宝石みたいで純粋そのもの。  私が海の自宅のお城で見てきたどんな財宝より、とっても綺麗。  時々思うのよ。  無垢で純粋すぎる人間はウーパールーパーな私からしたら素晴らしいけれど、人間の世界では生きづらいのではないのかしら?  心が綺麗すぎる人は、上手に嘘を重ねてみたり自分を優先させるような小狡く賢い世渡りは出来ないんじゃないかな。 「ルー子さん、君を見ていると不思議な気持ちになるよ。あの子を思い出すんだ、いつもいつも。ずいぶん昔に出逢ったあの子がもう一度僕の目の前に現れてくれたら、僕はずっと一緒にいたいとあの子に願うんだ。……命を助けてくれたあの人魚姫に」  やっと望んでくれたのね。  声に出してくれるまで、なんでこんなに時間が掛かったかなあ。 「人魚姫って呼んだわね。やっと」  私はウーパールーパーのルー子さんだけど、魔法が解ければ元の人魚姫に戻るのよ。  ウパ山先生、あなたが私を見つめて「人魚姫」って言ったから。 「えっ、えっ、え――っ!」  ウパ山先生の素っ頓狂な声は科学室中に響き渡る。 「フフフッ。驚きすぎだよ、ウパ山セ・ン・セ・イ!」  私は海の魔法使いの魔法が解けた人魚姫。  魔法の代償に魔法使いには大切な物をあげた。  ウパ山先生が私を「人魚姫」と呼んだら、私は視力を失った。  私の大好きなウパ山先生の瞳をもうこの目で見ることは出来ないんだ。    ♢♢♢  科学や海の生物が好きだって流星くんは言った。  数年前、私は毎日のように海岸近くまでイルカ達と人間の街を見に来ていた。  だって海の世界には無い珍しい物で地上の人間の世界は溢れていたから。  人魚の国の人魚姫としての公務に明け暮れて退屈していた私は、好奇心に駆られて浜辺近くの岩陰から彼を見つけたの。  彼、角山流星くん――後のウパ山先生はいつも一人ぼっちだったけれど、楽しそうだった。  海の波や貝殻、魚たちに向かって、図鑑を抱えた少年はボソボソと呟いていた。 「海の底の世界には人魚たちが暮らす『人魚の国』があるって、死んじゃったじいちゃんが言ってたんだ。漁師をやってたじいちゃんは、大嵐の日に人魚姫に助けられたことがあるって。――僕も会いたいな」  わ、私に?  私に会いたいって言った?  そうだ、船から落ちたおじいちゃんを助けたことがあったなあ。  あのおじいちゃんのお孫さんなのね、この子。  それから私は目的が変わり、街を見るより流星くんに会うために浜辺に通うようになった。  そんなある日、遠く遠くの海が荒れていた。  大雨が降り始め、風も波も荒れ狂ってきていた。  人魚姫の私は多少の荒れた海なんて全然平気だけど、人間は……?  私は胸騒ぎがした。すごく焦ったわ。嫌な予感がしてて、心配になって流星くんに会いに行ったの。  流星くんは海に落ちていた。  岩場で足を滑らせたんだと思った。  でも実は、彼は釣り糸が絡んだウミガメを助けたら海に落ちたんだって仲良しのイルカが教えてくれた。 「なにやってんのよ、もうっ!」  ウミガメを助けて、自分が死んだらどうすんの?  私は必死で助けたんだ。  嵐で視界が悪くなった海、流星くんは意識を失ってるし服は水を吸ってるしでかなり重かったけど、流星くんの助けたウミガメとイルカも手伝ってくれた!  皆で堤防の上の安全な所まで運んで水を吐かせて、私は人工呼吸や心臓マッサージで蘇生術を試みた。  蘇生術は人魚の基本。だって私達は半分は魚で半分は人と同じ体の構造なの。  医術は人魚の国にだって存在するのよ。  私は人魚姫――、いずれ多くの民を救い導く運命だから多少の救命術は心得ている。  まあ、ほんとは勉強とかイヤイヤしていたのに、思わぬところで役に立つものね。  私、人間を助けるのってこれで二回目。だからきっと大丈夫、助けてみせるからっ! 「生きてっ! 死なないで! 死んじゃだめだよ」  私の叫びにも虚しく呼吸が止まったまま、反応はない。  私は泣きそうになる。  だけど続ける。  何度も、何度も。  ――死んじゃだめっ! 息を吹き返して。  私、君とお話してみたいって、一緒に海の生き物のこと語らいたいとかって思っていたんだから。  まだお喋りしてないよね? 私達一度も。  私、顔をきちんと向かい合わせて、こんにちはって言いたい。  あなたとお友達になりたいの!  だから――  だから死なないでっ。  途方もない時間に思えた。 「ゴホッ……。ゴホッゴホッ」  しばらくすると、彼の胸が一度大きく上下して、水を吐き出し荒い咳を繰り返す。  綺麗な瞳……。  私は君の瞳に釘付けになった。 「私が君を助けたのが私だって言っちゃだめ。ねえ、絶対の絶対に秘密だよ」 「秘密なの? どうして?」 「だってそんなのどうしてもっ!」 「分かったよ。僕と君、二人の秘密の約束だね」 『人魚姫、誰か来るよ。あっ、大勢の人間が来る! 逃げないと、隠れないとっ! 人間達に捕まったら酷い目に合うって王様が言ってたじゃないか』  慌てたイルカに押されて海に戻った私は、岩陰から様子を窺う。  どうも彼を心配した人間の大人達が捜していたみたいだった。 「角山さんちの子が見つかったぞ〜」 「流星くんっ! 流星くんっ! しっかりしろ」 「流星、流星ー!」  あの子、りゅうせいくんって言うんだ。  流星くんはきょとんとした顔で大人達の顔を見回している。 「あの様子ならもう大丈夫そう」  私は後ろ髪ひかれる思いだったけれどお城に帰った。  次の日も次の日も流星くんに会いに波打ち際まで行ってみた。  でも、彼はもう現れない。  物知りイルカが言うには、大人に海に近づくなと止められているか彼は家族と引っ越したのではと。  私は海の魔法使いに頼んで、彼の元に行きたいと願った。  魔法使いは忙しくてその願い事はなかなか叶わなかったけれど、私は数年経ってウーパールーパーに変身させられ、流星くんの働く中学校に来ることが出来たんだよ。 「君があの子なの? 人魚姫なんだね」 「そうだよ、私だよ。ねぇ? もしね、もし良かったら海の生き物になって、私と一緒に海のお城で暮らさない?」  ウパ山先生は首をこくんと縦に振った。     ♢♢♢  授業に来ないウパ山先生を心配して新井先生と女子生徒達が、科学室にやって来た。 「先生〜? ウパ山先生、どこですか〜?」 「先生があまりにもグイグイ迫るから、ウパ山先生逃げ出しちゃったんじゃないですか〜?」 「まさか。そ、そんな訳ないですから」 「ウパ山先生、準備室にもどこにもいないよ?」 「ウパ山先生、ウパ山先生が消えちゃった〜!」  科学室の床にはウパ山先生の愛用の白衣が落ちていた。  ……ウパ山先生の大好きな桃色ウーパールーパーも、水槽から消えていたことには誰も気づかないままだった。          終わり
/2ページ

最初のコメントを投稿しよう!