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童話の牢獄
答えなんて分かっていたから、ずっと、大人しくしていた。
朝日が顔を見せない早朝、春の始まる頃。まだ刺すような空気を深呼吸で、吸って、吐いて。
「ねえ」
独り言。朝露に溶ける。けど。
「人生で最高の景色を探しに行こう」
濡れたハンドルを握って起こしながら、私は、話しかける。
家の内壁、屋根の下にて私を待っていた、古びたキックボードに向けて。
「一番キレイな世界を、君に捧げるよ」
返事はない。でも、構わない。
誰が笑っても構わない。そんな人たちには見つけられない光景を探しに。私達はそっと、朝に駆け出す。
童話でできた牢獄。ハードカバーの壁が窓の向こうを遮る暗い部屋。
物々しい机。広げられた知育紙の山。月明かりも遠い。幼い頃の私を思い出せば、そんな景色が浮かぶ。
運動が苦手だった。いつまでも自転車に乗れないような。友達が背を向けて遠ざかる。
このまま、本の海に溺れて大人になってしまうんじゃないか。ずっと、そんなことを思っていた。
夢の終わりに、世界が開けた。
サンタクロースを捕まえた夜。枕元にあった、赤いリボンで飾られた、ビビッドなピンクのキックボード。
『行けるよ』
そう、手を引いてくれた気がして──
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