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私の名前は天乃織陽。
今年医師国家試験に合格し、晴れて研修医となった。
忙しい日々を送っている私の心の支えは、推しの存在だった。
推しが物語の中で生き続ける限り、私は頑張れる。
現在の推しは、少し前から読んでいる小説の登場人物。
主人公サイドとは敵対している暗殺者なのだけれど、そのビジュアルに一目惚れしてしまった。金色の髪に赤い瞳という、暗殺者に似つかわしくない風体で、とてもミステリアス。きっと暗殺業をしなければならない深い理由があるのだと……。今後その理由が解き明かされる時が来るのだと……そう思っている。
それに、なんとヒロイン・ヒイロの本名が私と同じ「オリヒ」。
職業も同じ医者という、何かしら運命を感じる要素が満載なのだ。
そして、今日はその推しが出る小説「サイノス」の新刊発売日!
「まだ、本屋さん開いてるよね……?」
帰宅途中、ちらりとスマホの時刻を見る。
現在、午後8時50分。
やばい、あと10分しかない!
私は、急いで横断歩道を渡って本屋に駆け込んだ。
数分後、私は無事にサイノスの新刊を手に入れた。
はあぁぁぁ〜。思ったより早く来てくれた……推しの表紙……!
あっ、保存用にもう一冊買っておけばよかった。
私の後ろでは、すでに店員が閉店準備を始めていた。仕方がない、保存用はまたネットで注文しよう。
ああああ、早く帰って読みたい! 逸る気持ちを抑え、復路の横断歩道を渡ろうとしたその時……。
キキキキキーーーーーーッッ‼︎
えっ?
ものすごい急ブレーキ音の後に、その物体は私に直撃した。
えっ? 信号、私が青だったよね……?
いやいやいや、そもそも、こんな交差点で急ブレーキって、どれだけスピード出してたの……? 死を感じる直前って走馬灯が見えるって言うけど、ああーー、なるほどこんな風にゆっくりに感じるんだ……。
私は、推しが表紙の小説を握りしめたまま道路に倒れた。
ああ、これは、死ぬ……。
私、サイノスの新刊を読めないまま……推しの生い立ちを知らないまま……
死ねないッッ‼︎
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