ⅤSオオカミビト①

1/1
前へ
/17ページ
次へ

ⅤSオオカミビト①

目が覚めても、あまりの眩さに視界は真っ白。 徐徐に見えてきたにしろ、広がる光景は味気ないもの。 どうもステージの真ん中に立たされているらしい。 俺を中心に小さい輪っかのスポットライトが当たり、あたりは真っ暗。 ステージの向こうの暗闇には、人が座っているようだが、はっきりと顔を判別できない。 ドレスで着飾って扇子で煽いだり、燕尾服をまとい、ふんぞり返るさまからして、庶民ではなさそう。 高みの見物をする、悪趣味な裕福層といったところか。 そういった人種とは縁がなかったものの、目を凝らしてみれば、見覚えのあるような人が。 ステージに間近の一等席にいるのは、あの八百長を持ちかけた豚男? 屈みこんで見ようとするもガシャン、ジャラジャラ。 掲げた手を、天井から下がる鎖でつながれてのこと。 あらためて状況把握して、いやな予感満点。 ステージ中央で、拘束されたままスポットライトを浴び、暗闇に潜む人人から視線を注がれるなんて・・・。 「ようこそ、暇と金を持てあまし迷いこんできた紳士淑女のみなさま! ミステリアス、グロテスク、エロティックが入り混じる、世にも奇怪珍妙なブラックサーカスへようこそ!」 俺の背後から、芝居がかった物物しい挨拶が高らかに。 隣に立ったのに見やれば、きらめく紫のタキシードに仮面をかぶった男。 派手派手しい格好も、おどけた身ぶりでお辞儀をするさまも道化のよう。 ピエロあるあるで、穴の奥の目が笑っていなく、どこか底知れない不気味さが。 ひょうきんなふるまいで、紹介された演目内容も、ぞっとするもので。 「今日、お見せするのは、獰猛で血に飢えた肉欲まみれのオスのオオカミビトの、神を冒涜するような醜悪極まりない獣姦ショー! いたいけな男が食われるように獣に犯され、神に許しを請いながらも、背徳感に苛まれながらも、肉欲に溺れて堕落するさまを、ご堪能あれ!」 「神よ・・・」と嘆くようにしつつ、胸の高鳴りが隠せないらしく「おおお」と鼻息荒いどよめきが。 まあ「反吐がでるような演出の性交渉を見せるショー」なのは、やや予想していたとはいえ、にしたって、お相手がオオカミビトとは。 いや、むしろ拍子抜けして、恐怖より困惑で頭をぐるぐる。 だって、紹介のように「獰猛で血に飢えた肉欲まみれ」とは真逆の性質をした魔物だからだ。 オオカミビトは、魔物「オオカミキ」と人の合いの子。 大昔にどちらかが過ちを犯し、禁忌のような交わりがされ誕生した特異な混血種だ。 オオカミキにある角を受け継がず、やや人らしい。 前に会った旅する画家も、魔物のロクジュと人の合いの子だったが、近年、魔物と人と交わった例はほんのわずか。 対して、オオカミビトの歴史は長い。 オリジナルのオオカミキは魔王の忠犬であり、ワルさばかりしていたから、人に駆逐され絶滅。 そんなオオカミキとつるむことなく、人とも距離をとり、ひっそりと暮らしてきたオオカミビトは今も健在。 とひいえ、遭遇することも、お目にかかれることもめったにない。 「オオカミキの血も混じっているから」と人に疎まれ、魔物には「半端もの」と爪はじき。 どちらとも馴染めなく、目の仇にされることが多いので、へたに刺激したり問題を起こさないよう旅暮らしを。 必要もなく他種族とは関わろうとせず、人の世にも魔物の世にも、距離を置いて干渉せず、また干渉させないよう避けているのだとか。 その点、オオカミキの血が流れていても、血気盛んでなく、とことん理性的で保守的というか。 人の性質も受け継いでいるからか、社会性があり統率がとれている。 掟を絶対とした、一族の絆はゆるぎなく、とくに「食べる、守る以外、ほかの生物に危害を加えない」との決まりを厳守。 たまに、はぐれ者が町を襲うことがあるが、五年に一人出現するか否かの稀も稀。 オオカミビトが修行僧のように、清く正しくつつましく生きてきた甲斐あって、魔物はともかく、今や多くの人の認識は「比較的、安全な魔物」。 見かけたとしても、そっとしておき、むやみに敵視したり、自己防衛する以外に攻撃しようとしない。 勇者にしろ、俺にとんずらを使わせて、決して戦おうとしないし。
/17ページ

最初のコメントを投稿しよう!

6人が本棚に入れています
本棚に追加