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花畑の英雄と花畑の英雄
どのくらい彷徨っただろう。
人を殺して殺して殺しつくして。お前さえ死ねば戦争は終わる、と泣きながら剣をふるってきた若い男。最前線に送られた使い捨ての憐れな駒だ。無理やり出兵させられたのだろう。剣技は未熟、斬り殺すことなど容易かった。
だが、その泣いている顔に。憎しみのこもった顔に、手が止まってしまった。お前が死ねば、という言葉に納得してしまったから。戦争を大きくしていたのは己だと本当は気づいていたから。
――すまない、ロナ。約束を守れそうにない。
それからどのくらい彷徨ったか。花を求めて彷徨った。花、花はどこだ。白い花。綺麗な花は、どこに。
「あっちに花畑があるらしいよ? すっごく綺麗なんだって」
通りかかった少年にそう言われそちらに向かう。目の前に広がるのは。
「……ああ、なんて美しいんだ。ありがとう、約束を守ってくれて」
一面に広がる花々。朦朧としていた意識が鮮明になる。まるで生ぬるい朝に顔を洗ったかのように、くっきりと頭が冴える。ここは故郷だ。わかる、かつて暮らしていた場所。
「きれいねえ。夏には青い花が咲くらしいわ。涼しげよねえ」
「秋は紫の花が咲くんだってさ」
「冬は?」
「さすがに咲かないけど、雪で真っ白になる。白い花が咲いてるって思えばきれいだよ。それに、だからこそ春が楽しみじゃないかな」
「そうだね」
通りかかる人々が、皆笑顔で会話しながら通り過ぎていく。花は確かに笑顔を生むのだ、間違っていなかった。
「本当に美しいな」
――私じゃない! 私が咲かせてた花はこれじゃないの! 見て欲しかったのはこんな光景じゃないの!
「ふふ。こんなきれいなものを蹴散らしていたのか、俺は。人々の笑顔さえも。なんて愚かだったのか。これで良かったんだな」
――え? 今笑ったの? こっちを向いて、見えないよ! それにこんなの私が望んだ光景じゃないのぉ! 聞こえないのアラン様! アラン様……アラン、私はここにいる! お願い気づいて!
アランをすり抜けて素通りする行商人や旅人たち。やはり自分は死んでいて、魂だけらしい。誰も自分を見ることができない。
「少しここで休むとするか、戦いすぎて疲れた。生きていたら、日の温かさを感じられたのにな。惜しいが当然の罰だ。ロナ、お前に会いたかった。きっと天国にいけたよな?」
モゾモゾと、目の端に入った黒い影。なんだろうと振り向くが何もいない。確かに何かがいる気はするのに。
「虫みたいなものさ。気にすることない」
いつだったか花畑を教えてくれた少年。ふふ、と彼は笑う。花を一輪つむと、アランの髪にさした。不思議なことに花はすりぬけることなく、ちゃんとアランの髪についている。
「似合うよ」
「そう、か。……お前は、俺が見えているのか? 何故さわれる?」
「今はそんなのどうでもいいじゃん。今はこの光景を楽しみなよ、英雄。君が死んで確かに戦争は終わったんだから。血で血を洗う英雄も、一輪の花がこんなにも似合う。君の為の花畑だ」
「……。ありがとう」
戦争は終わったのか、と今初めて知った。自分の役目はちゃんと終わっていたのだ。それなら今この時から自分の為に過ごしたい。
疲れた心にしみわたる風景。散らし続けた花を見つめることで、ようやく己の愚かさと向かい合うことができる。英雄は花畑を見つめ続けている。これからもずっと。
――アラン! アラァァァン!!
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