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季節が新緑を過ぎて梅雨に入るころには、僕の近くに佳生がいるのは当たり前のようになっていた。だからといって何かするわけではない。お互いに好きな本や漫画を読んで、黙ったままのこともある。
今はなぜか、園芸部の活動で花壇の手入れをする僕を手伝ってくれている。
「有木くんは部活やらないの?」
「仮入部したときに面倒くさいこと言われたからやってない。それにもう今更だしな。新山を手伝ってるほうが楽しいわ」
雑草を引き抜くのがどうして楽しいのかわからないが、いつもの笑顔を向けられてそれ以上は聞かないことにした。そもそも会話を続けることは苦手なのだ。
「僕と話しててつまらなくないかな」
口にはしないが、もう何度も自分の胸に問いかけている。そうして彼の顔に不快な色がないか確認したくなる。でも本当に見つけてしまったら悲しくなりそうで怖かった。
「明日の放課後、用事がなかったら俺んちで一緒に勉強しようぜ」
相変わらず楽しそうな口調は、まるでもう返事がわかっているかのようだ。
自分も同じくらい楽しみなのだと、彼に伝えられたらいいのにと思う。
翌日はいったん帰宅してから佳生の家に向かった。サブバッグの中には祖母の清子から持たされたおやつが入っている。ただ課題をするだけなのに、僕が友だちの家に招かれたと喜んでいるようだ。買ったものよりは気兼ねがないかなと考えて、いつも食べている物にしてもらった。
「何これ? いい匂い」
胡桃を混ぜたかぼちゃのおやきから香ばしい匂いがする。甘さは控えめで僕にとっては食べ慣れた味だ。佳生には珍しいのか、喜んでもらえてよかった。ふたりで小腹を満たし、提出期限の迫ったプリントに取りかかる。
互いに教えあって、二時間ほどで全部の課題を仕上げた。座卓に向かっていた佳生が終わったーと後ろに倒れこむ。僕も散らばったプリントを集めて帰り支度を始めた。
「新山は高校どこにするか決めた?」
いつもより静かな声で話す彼の目が、珍しく笑っていない。
ちょっとためらったが、次の面談で先生に相談するつもりの内容をおずおずと口にした。
「高校には行かないつもりなんだ……専門学校に行こうと思ってて。あの……有木くんは?」
「そうなのか? すげーな。もう進路決めてるんだ。俺は就職するつもりなんだけど、母さんが反対してて。どーすっかなーって思ってる」
思わず目をみはった。どうしてと聞きたいが、踏みこんでいいのか迷う。自然と顔を伏せていた。
「うち、父さんいないからさ。さっさと就職したほうがいいかもって思ったんだけど。そんな心配するんじゃない、とか言われて母さんと喧嘩中なんだ」
「えっ?」今度こそ驚きから声がでた。
「知らなかった? 内緒ってわけじゃないから知ってるやつもいるよ? だからさ、やりたいこともないのに高校行くとか無駄じゃんって思うんだけどな」
座り直した彼はいつもの表情に戻っているが、どことなく寂しそうだ。
「あ、あの……僕は、すごく人見知りで学校が苦手なんだけど、おばあちゃんを手伝ってるうちに料理が好きになって……調理の専門学校に行くつもりなんだ。だから、有木くんも、その……興味があることを、探してみたらどうかな」
祖父母にさえここまで話したことはない。背中に汗が伝うのを感じながら、自分の気持ちを言葉にした。
ふっ、と笑われたのがわかる。顔から火が出そうとは、きっと今の状態を言うのだろう。頬がものすごく熱い。
「うん。母さんと話してみる。新山、ありがとう」
こんな拙い話に感謝されるなんて恥ずかしい。首をぶんぶんと横に振った。
「あ! 新山、ひょっとして俺のことも苦手? 付き合わせて迷惑だった?」
僕の態度を勘違いした彼から、座卓を乗り越えそうな勢いで質問される。
「だ、だいじょうぶだから」
「ほんと? よかったー。俺、新山のそばにいるのが一番落ち着くんだ。嫌がられたらどうしようかと思った」
その笑顔はまるで、僕のことを「大切な友だちだ」とでも言うようだ。そんな想像が気恥ずかしくて否定したいのに、そうだったらいいなと思う自分がいる。
僕はまた明日と言って立ちあがった。翌日がちょっと待ち遠しい。学校に行くのが楽しいと感じるのは初めてだ。
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