第二章 佳生

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第二章 佳生

「自分が誰かと本心から共感するなんてできるわけがない。こんな苦労をしてるやつなんていないから」  新山朋希と出会う前の俺は本気でそう思っていた。幼稚な考えだと思う。でもあの頃はよく似た境遇の同級生にだって自分の気持ちを話したりはしなかった。傷を舐めあうような真似はしたくない、その一心から。 「本音なんか知らなくても、適当に話を合わせておけば友だちになれる。卒業すればもう会うこともない相手だし」  ずっと母親の美佳とふたり暮らしで、年に数回、美佳の友人が遊びにくる以外は訪れる人もいない。  ときおり届く『ばぁば便』が数少ない楽しみだった。大きなダンボール箱いっぱいに、保存のきく食品と米や菓子がぎっしりと詰められている。送り主は美佳の母親だ。箱の底に同梱された封筒にはお札が入っていて、毎回「何か買ってね」と会ったことのない祖母からの手紙が添えられていた。  最初からそうだったから、父親がいない寂しさは感じていなかった。だけど通っていた幼稚園で友だちに自慢されて、言い返せない悔しさから「発表会に来てほしくない」と母親に言ったことがある。 「ほんとにそう思ってる? 佳生が言ったことは佳生の耳も聞いてるよ? 母さん、行かないほうがいい?」  両手を包まれ目線を合わせて尋ねられると、なぜか悲しくなってきた。覚えている限りでは、母親の前で涙をこぼしたのはあれが最後だ。  しゃくりあげながら泣いていると「母さんが、父さんでもいい?」と聞かれた。何も言えずに頷くと、ぎゅっと抱きしめられた。  それからは誰に対しても父親の話を避けるようにしてきた。その話題に触れると、何かよくないことが起こりそうな気さえしていた。  そんな俺に怖さを乗り越える勇気をくれたのが朋希だった。
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