第二章 佳生

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 朋希とは中学三年のクラス替えで隣の席になったのが始まりだ。彼がとても物静かな性格なのは初日ですぐに気がついた。  それは「黙っていたら他の奴らに気づかれないのでは?」とこちらが思うほどだ。  話しかけようとしたが、目も合わないのできっかけがつかめない。何を話していいのか見当もつかないまま一ヶ月が過ぎ、俺たちは修学旅行へと出発した。  二泊三日の行程最終日。水族館を見学中に朋希のふわふわとした髪がしきりに上下することに気がついた。どうやら前に人がいると背の低い彼には見えにくいようだ。  俺はとっさにその腕を引く。  自分の前に立つ朋希が、ありがとうと小さく言った。その声の柔らかさに俺の胸のうちがぽっと温かくなる。  旅行が終わってしまえばいつもどおりの毎日だ。そんななか俺は、無性に朋希の声が聞きたくなっていた。そしてじりじりとした気持ちは、思いがけないきっかけで実現した。  その日、俺は弁当を持っていなかった。そもそも用意されていなかったのだ。母親の給料日を前に米が底をついていたから。俺の家ではたまにあることだ。理由を詮索されないために忘れたふりをした。本当のことなど誰にも知られたくない。  それまで俺は、朋希が自分から誰かに話しかけるのを見たことがなかった。だから目の前に差し出されたものにすごく驚いた。自分で作ったと言われ、三角形のおにぎりをじっと見つめたほどだ。かろうじて大きな声を出さなかったのはえらいと思う。後ろの席のやつは、とっさにえっと言った。  口にいれて噛みしめると、混ぜ込まれたじゃこと胡麻がおいしい。食べ終えて礼を言うと、朋希の緊張した表情がほっとしたように緩む。いつもより全然足りないのに、胸までいっぱいになった。  それから俺は四六時中、朋希の側にいた。  物静かな彼の隣は空気が穏やかで、無理をして盛り上げる必要がないのは楽だ。つきまとっているつもりはなかったが、他人からはそう見られていたかもしれない。  一緒にいてみれば、意外にも朋希は表情が素直で考えていることがわかりやすい。本人は意識していないだろうが、目がくりっとしていて小動物みたいだ。感情を言葉にしなくても、何も感じていないわけじゃなかった。  目立たないから見過ごされがちだけれど、やるべき事に一心に取り組む。好きなことを目標にして進む芯の強さを持っていた。  朋希を知るほどに、おちゃらけてばかりいる自分が恥ずかしくなる。彼のような強さを持ちたい。そのためには、目をそらし続けてきたことに正面から向き合わなくてはいけないだろう。俺は意を決した。  自分の胸の内をさらけだせなければ、その強さはきっと手に入らない。
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