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俺は震えそうになる声をこらえ、母親に向かって問いかけた。
「どうして俺が生まれたのか教えてほしい」
小学生の頃、自分の名前の由来を調べる宿題がでたことがある。そのとき「美佳から生まれたから佳生だよ」と事もなげに言われた。
ふざけた解答を先生が注意しなかったのは、いくらか事情を知っていたからだろう。おそらく大人の配慮ってやつだ。
子どもながらも「自分は望まれていなかったのでは」という思いは、俺の心のなかにいつもあった。ほんとうのことを知れば傷つくかもしれないのに、知りたい気持ちは捨てられず俺の中に燻り続けていた。
本気で言っているのだと伝わったのか、母親は当時のことを思い出すように話し始めた。
「高校時代の部活の先輩だった。明るくてリーダーシップがあって、男女問わず人気があった。卒業して都会の大学に行ったけど就職で戻ってきて。七年ぶりに再会したとき私のことを覚えててくれたの」
「それで付き合ったの?」
話すうちにそのころの感情を思いだしたのか、恥ずかしそうに微笑んでいる。
「再会したとき話がはずんで、また会おうって言われた。初恋の人だったけど、学生時代よりかっこよくなってて浮かれちゃった。何度かデートをして、もっと好きになった」
「俺のことは……」
母親は目のなかに浮かべた悲しそうな色をまばたきで消し去り、まるで悪戯を打ち明けるときのような顔をする。
「伝えようとした矢先に、奥さんと生まれたばかりの赤ちゃんがいるって友だちから聞かされたの。確かめたくてね、電話で妊娠したかもって言ってみた。そしたらわかりやすく動揺しちゃって。しどろもどろな言い訳をするの。いっぺんに気持ちが冷めちゃったから、冗談だよって言って、それきり」
「はぁ?」思わず大きな声がでた。
「なんだよそれ。最低のクズじゃんか。そんなやつの子どもとか、絶対いらないだろ。なんで産んだんだよ」
あっけらかんとした口調に、感情が抑えられない。
「信じられないだろうけど、彼と一緒にいられて、ほんとうに幸せだった。優しくて、いろんな所に連れていってくれて、私の話もいっぱい聞いてもらった。大事にされてるって感じた。だから、幸せだったことを忘れないようにあなたを授かったと思ったの。うれしかった」
「それで自分一人で育てたの? 貧乏したり大変なのに。俺がいて、よかったの?」
「貧乏なのは、ほんとにごめん。もっと頑張るから。でも大変なんて思ってない。佳生がいなかったら、私はつまらない愚痴ばっかりの毎日を過ごしていたと思う。佳生の顔を見てるだけで嫌なことも忘れられる。感謝してるよ」
「だったら、やっぱり俺が就職したほうが少しは楽になるんじゃ」
「ううん。これは私が選んだ私の道で、佳生にはこれから自分の道を探してほしい。そのための選択肢はできるだけ多いほうがいい。その手助けをするのも、私が望んだことだから」
「えっ……」
「親子だからって、ずっと一緒にいる必要はない。子どもが自分の道を見つけられれば、それが親の喜びなの」
覚悟を決めた目が真っ直ぐに俺を見ている。母親の人生にとって想定外だった子どもを、喜びだと断言してくれる。
「俺、頑張るから」そう答えるしかできなくて、俺は有言実行の第一歩として進路を就職から通信制高校受験に変更した。
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