第二章 佳生

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 そうして始まった高校生活は、思っていた以上に充実したものになった。  学費と通学にかかる時間を減らすため登校日数の少ないコースを選択した。モチベーションを保つのは大変だけど、朋希も頑張っているのに自分がドロップアウトするわけにはいかない。朋希の学校の時間割をコピーしてもらい、自分の予定表と並べて貼る。「自分はひとりじゃないんだ」何度もそう言い聞かせた。  アルバイト先は店主とバイト一人という小料理屋だ。  新しく住む町は前のところより大きくて駅の規模から違う。母親の職場は駅から車で十五分のショッピングモール内にありアパートもその近くだ。俺が通う学校は駅と自宅の中間くらいの距離に位置し、付近を散策していてみつけた。店先に『アルバイト求む調理補助他 委細面談 経験不問 学生可』と筆で書かれている。引き寄せられるように、準備中の札が出た引き戸に手をかけた。  店は薄暗く、カウンターの中から大きな熊みたいな男の人が顔をのぞかせて、バイトの面接?と聞いてきた。なんと返事をしていいのかわからず「は、はい。お……僕でも大丈夫ですか」と口走る。  もとは和食の板前だったという大将は「調理時に身に着ける白衣が似合わなかったから独立した」と笑いながら自己紹介してくれた。募集は十八歳以上を想定していたようで、年末にやっと十六歳になる俺を見て「書いてなかったもんな。でも店は十時までだし、いけるか」と独りごちている。 「なんでうちでバイトしようと思ったの?」  履歴書も持っていないので住所と名前をメモ書きして志望理由を聞かれた。面接も初めてで、模範解答など知るはずもない。正直に将来の夢と現実の生活の為という理由を話す。大将はわかったと頷いた。 「明日、履歴書を持ってもう一度来てくれるかい? お母さんの署名と電話番号は忘れずに書いてもらって。できればお母さんの許可を直接もらいたいから、連絡できる時間の都合を教えてほしい。いい?」  許可の意味はよくわからないがどうやら採用してもらえるようだと気づいたのは、その夜、帰宅途中で買った履歴書用紙に母親の名前を書いてもらっているときだった。 「私と話したいってことは夜遅く帰るのを親が承知しているのか確かめるからでしょ。十八歳未満を深夜に働かせるのはだめだから夜十時までの勤務にしてくれるつもりなのかも」  俺はなんとなく入った店の主に気遣いをされたのだとわかり驚いた。物を知るとはこういうことなのかもしれない。  最初になんでもやりますと意気込んで言ったからか、仕事は掃除や洗い場だけでなく、接客や使い走りもあった。仕込みもみっちり教えてもらう。キャベツとレタスも見分けられない俺は散々叱られた。  新鮮な近海魚や地元野菜を使った料理が人気の店は、賄い飯も当然のように旨い。食べるたびに「ここにしてよかった」と感激した。俺の数少ない外食経験からは想像もつかないことばかりだった。
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