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目まぐるしく過ぎる毎日は、朋希も同じだったようだ。彼が慣れない人との意思疎通に緊張しているのではと心配だったので、毎夜スマホのメッセージアプリでやりとりをした。返事がこないと電話をかけようかと悩むが、疲れて眠っているなら起こしたくはない。そんな夜はがっかりしながら布団に潜りこんだ。
朋希は俺が気をもんでいたことも知らずに、二年間の基礎コースを終えると最終学年で洋食のコースへ進んだ。
「和食は、おばあちゃんよりおいしく作れる気がしないから」というのが理由らしい。そして念願かなってオーナーシェフが経営するレストランに就職が決まった。
俺は高校卒業後も小料理屋のアルバイトをしながら、別職も探すつもりだ。包丁すらまともに扱えなかったが、大将のおかげで食材の下ごしらえくらいはできるようになった。
俺たちが卒業を控えた早春、二家族で一緒に祝いをすることになった。久しぶりに顔をあわせた俺の母親と朋希の祖母は、互いの労をねぎらっている。卒業は見守ってくれたふたりにもお祝いなのだと思った。
「おじいちゃんにも食べさせたかったな」
予約した個室で、見た目も美しい懐石料理を前に朋希がつぶやいた。清子がおかしそうに笑っている。
「こんなにおいしそうなものを出されたら、お酒が飲みたくてたまらなかったはずよ」
「え? おじいちゃんお酒飲めたの?」
朋希は知らなかったようだ。
「体調もあるから控えてたけど、もともと好きだった。飲むと上機嫌になって大声で歌いだすの。朋希がその声にびっくりしたことがあってね。それからはほんとに嬉しいことがあったときに一杯だけ、と決めてたのよ」
「俺もじいちゃんと飲んでみたかったな。一杯だけなら、ものすごくおいしい酒を飲ませてあげたかった」
亡くなった太一は大切な恩人だ。もう恩返しをするチャンスはないのだとあらためて感じて寂しくなる。
「だったら佳生はお酒の勉強をしてみれば? 和食でも洋食でも、おいしい料理にお酒はつきものだしね」
その言葉に朋希が瞳を輝かせた。何か想像したのかもしれない。
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