第三章 夢の形、愛のカタチ

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 そんなやりとりからもうすぐ三年。僕は二十四歳になった。  十一月の町が加速度的に冬へ向かうなか、今日はもうすぐ八十八歳の誕生日を迎える祖母清子のお祝いをする。もとは佳生が一泊で温泉旅行をプレゼントしてくれるはずだったが、祖母が秋口に庭で転倒してしまい、自宅で行うことになった。  それでも四人でゆっくりと過ごせるのが楽しみで、僕は料理を作りながら浮き立つ気持ちを抑えられないでいる。  祖母からリクエストされたちらし寿司には取寄せた赤酢を使い、佳生が「ローストビーフをふぐ刺しみたいに食べてみたい」と言うのでちょっと良い肉を奮発した。僕からのささやかな心づくしだ。  玄関のチャイムが鳴り、すぐに賑やかな声が聞こえてきた。美佳さんたちには合鍵を渡してあるから、足の悪い祖母に出迎えをさせないですむ。黄色を基調としたアレンジメントフラワーを携えてふたりが入ってくると、室内が一気に華やいだ。花を受けとった祖母の顔もうれしそうにほころんでいる。  料理が冷めてしまうから順番に出すつもりが、全部並べて一緒に食べようと三人から言われ、座卓に所狭しと皿を並べる。佳生が持参したフラワーリキュールを炭酸水で割ってくれた。 「おばあちゃん八十八歳おめでとう!」  乾杯して口に含むとふわっと花の香りがするだけでなくフルーツの味わいが楽しめる。自分のための一杯を祖母も味わっているようだ。 「うまそう! いただきます!」  リクエストのローストビーフは中心にバラを形どり、我が家で一番大きな皿に敷きつめた。佳生がさっそく箸をのばそうとするのを美佳さんの声がすんでで止める。 「ストップ! 写真を撮ってからよ」  料理とともに四人をいろんな角度からカメラにおさめ、ようやく宴が始まった。 「このお酒すごくおいしい。外国産?」 「フランスのやつだな。ウイスキーを足すのもいけるけど、今日はばあちゃん向けに軽めにしといた。食前酒にいいだろ」  以前と比べ身ぎれいにしている佳生はとてもかっこいいのだが、そう言って笑う顔は中学生の頃と変わらず僕を安心させる。 「朋希くんのお料理、ほんとに優しい味がするわね。ちらし寿司とっても懐かしい感じ」  ちらし寿司は祖母が僕に作ってくれたものを再現してみた。油揚げ、こんにゃく、人参、かんぴょう、干ししいたけ、蓮根を入れた田舎風だ。お祝いらしく、絹さやと錦糸卵と桜でんぶでデコレートした。 「私のためにこんなに小さく刻んでくれたんでしょう?」柔らかめに煮た具を小さく切ったので食べごたえには欠けるが、祖母にも食べやすいはずだ。 「茶碗蒸しもおいしいわ」  美佳さんは匙を運ぶ手が止まらないようだ。百合根は祖父も好きだったなと思いだす。 「このタレうまいな」  ローストビーフには赤ワインを使った少し甘めのソースと、わさびをきかせたソースを用意した。佳生はわさびが気にいったらしい。 「天麩羅もさくさく」  二種類の粉をふるって使ったが、揚げてから時間がたっているので心配していた。 「こんなにうまいんだから、大丈夫だよ」  佳生がおもむろに僕のほうを向いた。おばあちゃんと美佳さんも頷いている。 「相棒が俺じゃ頼りないだろうけどさ、頑張るから」  突然の事に答えられないでいると三人がにっこりと笑う。隠しているつもりだったけれど、どうやら全部お見通しのようだ。      
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