第三章 夢の形、愛のカタチ

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 祖母のお別れ葬は、祖母自身が事細かく書き残したものに倣って行う。宗教的な儀式ではなく故人を偲ぶための時間は、しめやかというよりも穏やかな空気に包まれていた。  生前の笑顔が脳裏によみがえる。 「こんなものまで百円ショップにあったのよ」そう言って取りだしたのは『エンディングノート』だった。いつもリビングに置いて思いつくことがあればその都度書きこんでいた。  僕が嫌な顔をしても「これはおばあちゃんの安心のためだから」と取り合わなかった。書きながら考えることもあったのだろう。しんみりとした表情になる瞬間もあったが、おおむね笑顔だった。  どうしてそんなに楽しそうなのかと不思議だったが、返事を聞けば平静ではいられない気がして尋ねられなかった。 「誰が何を言ってきても『故人の遺志ですから』でいいのよ。朋希が悩む必要はないからね」  あれはまるで「わくわくする計画をたてている」ような表情だった。 「姉さんは太一さんより六つも年上だったから、自分が先になるだろうと思ってたそうよ。それが突然先立たれてしまって。残される者の気持ちを知ったから、朋希くんには煩わしい思いをさせたくないって言ってたわ」  啓子おばちゃんの顔は涙と鼻水で大変なことになっているけれど、その口調はなんだかさばさばして聞こえる。仲のいい姉妹で、祖父がいなくなってからはふたりでよく出かけていた。祖母から打ち明けられた気持ちをずっと胸に仕舞ってくれていたのだろう。 「姉さんの気持ちを大切にして、きちんとお別れしなくちゃね」  僕ももうずっと涙が流れて止まらないのだが、わかったと頷いてみせた。隣に立つ佳生も同じように首を縦にふる。彼がずっと横にいるおかげで、僕は思う存分悲しむことができる。    会場には僕の母である菜々子の姿もあった。ほぼ十年ぶりでも見忘れていなかった自分に驚く。彼女は趣向の違う場に居心地が悪そうだが、今回は帰る素振りはなさそうだ。啓子おばちゃんが顔色を変えたので、とどまってもらうためにその手を握った。大切な時間をほんのちょっとでも乱されたくない。    そうして僕たちは冬晴れの空に祖母を見送った。  
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