第三章 夢の形、愛のカタチ

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 気がつけば、二月があと数日で終わろうとしている。日差しに気のはやい春が混じっているような午後、散歩に誘われた。  佳生の足取りに迷いがなくて、どこか目的地があるのだろうと思っていた。案の定、着いた先はゆっくりと歩いて十五分くらいの距離にある小さなビルだった。周囲には昔からの商店が並んでいる。祖母のつかいにきたこともある店がまだ営業していてうれしくなった。  佳生がポケットからおもむろに鍵を取り出す。 「じゃーん!」「えっ……」  背中を押されて中に入ると、ぼんやりとだが周囲の様子がわかる。カウンターがあり、丸テーブルと椅子が隅のほうに寄せられている。壁に造り付けの棚がたくさん。 「ジャズ喫茶だったらしいよ。オーナーはこのビルの一番上に住んでたおじさんで、趣味のレコードの保管場所を兼ねてやってたんだって。広さもちょうどいいし、家からも近い」 「え? どういうこと?」 「俺たちの店だよ! どう? 厨房は改装が必要だけど内装はあまりいじらなくていけそうじゃない? イメージにあわないか?」  言われてもう一度目を凝らすと、たしかに落ちついたいい雰囲気だった。インテリアでもっと感じが出そうではある。 「半年前にオーナーが亡くなって、奥さんがレコードやオーディオ機器は譲ったみたい。店を続けてくれるなら家賃は相場より安くてもいいって言ってくれてる。朋希の調子が戻るまで、俺がひとりでもぜったいに守るから、ここにしないか?」  佳生の声は心なしか震えていたが、きっぱりと言い切ってくれた。僕を見つめる瞳が、薄暗がりのなかでもきらきらと輝いている。  僕は静かに涙を流した。ちゃんと言葉にしたいのに声にならなくて、ただ頷くことしかできない。  でも佳生が腕のなかに受けとめてくれて、僕は気が済むまで泣いていられた。
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